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驚く程早く成立したサブリナの離縁。何がどうしてそうなったのかは分からないが、キャストール侯爵が裏で手を回してくれたことは確かだろうと薫は思った。
届けられた手紙の中で、キャストール侯爵は早い離縁を優先事項にしたと綴ってきた。それはサブリナに対する醜聞は仕方がないということだ。この世界では離縁されるのは女性側、その女性の何かが悪いので家から追い出されると考えられている。それをひっくり返し離縁するには、多くの時間が必要。しかも、時間を費やしたからといって、男性側の有責で離縁出来る保証はない。だからこれは仕方がないこと。
更に侯爵はいくつかの事柄を綴ってきた。一つ目はジャスティン。何も知らされないままサブリナとの離縁が成立したことだけを伝えられたジャスティンは、現在体調不良で紳士クラブにも夜会にも顔を出していないそうだ。周囲の多くの者達はジャスティンに同情的。それは今までジャスティンが妻をとても大切にしていたように見せかけていたからだ。しかし、それこそが侯爵の策。ジャスティンは貴族院の事務官に接触した時にも周囲を味方につける為に、サブリナを愛し離縁はしたくないと強く訴えた、否、訴えてしまった。事務官は立場上、密室や閉ざされたスペースで自分が抱える案件の当事者と接触することを嫌うもの。即ち、ジャスティンは周囲に人がいるカフェなどでそれを言葉にしたのだ。
『今まで散々周囲にサブリナを大切にしているとアピールしたことを反省させなくては。ここまで周囲にその姿勢を知らしめたのだから、次の妻の候補者探しは大変になるだろう。誰も好き好んで前妻に未練を残し体調不良になる男の元に自分の大切な娘や姉妹を嫁がせようと思う者はいるまい。いるとすれば、借金返済などの目的がある者だろう。しかしそうなるとオランデール伯爵家としては何の旨味もない結婚になる。どこに着地点を求めるのか楽しみだ。ただ、余り時間を掛け過ぎると今度は伯爵家自体の旨味がなくなっていくように思うがな』
ジャスティン、そしてオランデール伯爵家について締め括ったキャストール侯爵の言葉。そこに薫は侯爵の人、家を見極める力を感じずにはいられなかった。
ジャスティンの次は簡単にオリアナにも触れてあった。当然のことながら、侍女からメイドに戻ったと。仕えるサブリナがいなくなったのだ、侍女でいられるはずがない。オランデール伯爵家で侍女が必要なのは夫人とクリスタル。どう考えてもあの家で商家出身のオリアナが侍女としてそのまま残れるはずがない。ジャスティンと共にサブリナを支配していると思っていた時は最高の気分だっただろう。しかし、その気分のままではメイドとしてやっていくには全てが辛くなりそうだと薫は思った。
オランデール伯爵家、そしてその中にいる人々は歪さにいつ気付くのだろうか。キャストール侯爵が書いたように、早くに気付かなくては、修正よりも先に更なる歪さを生み取り返しがつかなくなる。
そう考えるとその歪さを受け止めていたサブリナにとり、早い離縁は大切なことだった。
「キャロル、少し時間をもらえるかしら」
「ええ、大丈夫よ」
「実はお父様からの手紙の内容をあなたにも伝えておきたくて」
醜聞は仕方がない。けれど手立てを打たないと侯爵は書いてなかった。それは前リッジウェイ子爵がサブリナに宛てた手紙に書いてあったのだった。




