王宮では47
ああ、まただ。またダニエルは蚊帳の外。父はジョイスについて何もダニエルには教えてくれなかった。目の前のジョイスはダニエルのように不明点を明確にする為に話を聞きたいと言ったが、そこには大きな違いがある。
ジョイスはそれなりに情報を得ていた。しかし、それは点と点。完全には繋がっていなかった。だから、全容を把握しようと点同士を予想で繋いだのだ。けれど予想には限界がある。嘗て母が言っていた、砂糖の甘さの話と同じように。知らないモノやコトは、その者の考えの中に端から存在しない。照れ隠しもせずにわざわざジョイスがスカーレットを好きだったと言ったのも、ダニエルの考えの中にその事実を存在させたかったからだろう。スカーレットを今も変わらず好きだから、再び悲しませるようなことが起きないよう事実を集めることに協力して欲しいと。
何も知らず話の筋が見えなかったダニエルとジョイスでは、求める説明の種類が違い過ぎる。
父はいつからダニエルに色々なことを教えてくれなくなったのだろう。様々なことを知る為の機会は与えてくれても、直接は教えてくれない。
目の前のジョイスに黄緑、そしてペリドットが意味することを伝えながらも、ダニエルは父との現状が頭の片隅から離れないでいた。しかし次の瞬間、全ての思考を頭から追い出すようなジョイスの様子にダニエルは驚いた。
常に感情が現れることなどないアイスブルーの瞳に怒りが浮かんだのだ。
「では、その日、ペリドットで作られた見事な首飾りがシシリアの胸元を彩った、そういうことなんだな」
「はい。姉上はそう言いました。わたしはその場にいませんでしたから、聞いた話としかジョイス様にお伝えできませんが。でも、シシリアから聞いた話と合わせても、姉上が間違ったことを言っているようには思えません」
「恐らく出席者の誰に聞いても、その辺は曖昧な記憶でしかないだろう。そういうことは当事者でないと記憶に残らない。何より、その場でアルが行ってしまったことがあまりにも大きな出来事過ぎて、多くの者に残っているのはその記憶ばかりだろうから」
「ジョイス様の知りたいこと、そしてわたしが、いいえ、ファルコールであの場にいた全員が知りたいことを完全な形で答えられるのは、もう一人の当事者、殿下しかいらっしゃらないと思います。ただわたしは、あのペリドットの欠片の意味はもう中央を飾れないことだと信じたい…です」
「家臣になる身でこんなことを言うのも変だが、俺も伊達に公爵家の三男ではない。一年ちょっと王宮で働いた貯えもある。どうかあのファルコールの館をスカーレットがいる限り住まう権利を売ってくれないだろうか」
「ジョイス様、わたしにその権限はありません。それに、父が既に何らかのことは考えていると思います」
父は自分に教えてくれてはいないが何かは考えているはずだという言葉を呑み込み、ダニエルはジョイスに伝えた。
二重国籍、ジョイスがキャストール侯爵家の私兵になること、そしてファルコールでのスカーレットの生活。何か一つの現実を知る度に、ダニエルはどうしてこんな気分にならずにはいられないのかと侯爵邸への馬車に揺られながら考えたのだった。




