王都オランデール伯爵家27
王都にあるいくつかの紳士クラブ。どこの紳士クラブにもオランデール伯爵家は出入りが出来る、言い方を変えるならばどこの紳士クラブからも信用されているということだ。とても名誉なことに。
当然次期当主であるジャスティンも情報収集と親睦を目的として、中でも格式の高い紳士クラブに出入りしていた。紳士クラブという場所柄、そこでは酒、葉巻、パイプ等会話と共に嗜むものが提供される。それに、親睦の際にはカードゲームをすることも。
しかしオランデール伯爵の執務机にある請求書に記載された金額は嗜むの域を超えているものだった。桁を間違えたのではないかと思う程に。
けれど格式高い紳士クラブが誤請求をするとは考えにくい。貴族家がそうであるように、紳士クラブもまた信用を失うわけにはいかないのだから。
数日前にこの請求書を持ってきたジャスティンの従者は金額を確認したはず。勿論、そこに書かれている内訳も。合点がいかない内容に伯爵は従者から話を直接聞くことにしたのだった。伯爵の記憶にある限り、紳士クラブへこんな額を支払ったことなどないのだから。
執務室にやって来た従者の話はこうだ。サブリナとの離縁が決まった直後のジャスティンが気を紛らわす為にカードゲームに没頭し、金を借り入れてまでその場で続けてしまったのだと。
何かがおかしい。
紳士クラブでは、通常従者は控室で待つ。何故没頭したなどとその時の様子を話すのか。それに、嗜む場所で没頭する、そんな姿を他者に見せること自体よろしくない。だからこそ嗜む程度に遊べる紳士達が集っているのだ。普通はこんな使い方はしない。
「控室にいたはずのおまえが、どうしてジャスティンの様子を言うことが出来るのだ」
クリスタルと話をする前だったら、従者がそれまでのジャスティンの様子からそう言ったのかもしれないと伯爵は考えた。しかし、オランデール伯爵家を率いる者として危機管理レベルを最大限に引き上げなければならないと思えてしまう今は違う。
「おまえの雇い主は誰だか良く考えてみることだ。それと近い内に数年分のオランデール伯爵家への請求をクラブから取り寄せることになっている。それで、おまえはどうする」
前半は事実だが、後半は事実ではない。しかし近い内に行わなければいけないこと。カードゲームで負けが込み、次から次へと金を投入するなどという行為は常習性が窺えるからだ。そう、ギャンブルで身を滅ぼす者が言う『こんどこそ必ず勝つ、その為の金が必要』が請求書に現れているように思えてならないのだ。
問われた従者は直ぐに跪き、深く頭を垂れ『申し訳ございません』と謝ったのだった。その様子を見ながら伯爵は従者のように何かが床に崩れるのを感じた。小さな役に立たない不格好なネジが外れ、寧ろ見栄えが良くなったと思った瞬間にたったその一つのせいで全てが崩れるような。
違う、ネジではなくキーストーン、即ち要石だったのかもしれない、サブリナは。そう思った瞬間、伯爵は自らが従者を問い質しておきながら、どうして謝るのかと詰りたくなったのだった。
キーストーン:要石、楔石 石で出来たアーチとかの一番上の中央に置かれる石だったはずです。詳しい方、間違っていたらごめんなさい。当時先生は色々例を出して説明してくれていたのですが、聞いているわたしが阿保だった。でも、それを一つ外すと安定が損なわれ崩れると聞いたような…




