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オリハルコンの女~ここから先はわたしが引き受けます、出来る限りではありますが~  作者: 五十嵐 あお


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王都オランデール伯爵家23

セーレライド侯爵家と交わした書類の全てはサブリナが翻訳し、更にその内容を分かり易くまとめたものをジャスティンに報告していた。ジャスティンはそれを聞き、内容を理解した上で全ての書類に署名をしていただけ。時には聞き流していたこともあるが、それが出来たのはサブリナがいたからだ。ジャスティンの為の生き字引のサブリナが。


『隣国には契約に際して独特の分かりづらい言い回しがある』とサブリナから言われようと、ジャスティンには問題など何もなかった。そんなことは分かっているサブリナがすればいいこと。だから今更書類に目を通したところで、『ある』といわれている文言がどこを指しているのか皆目見当がつかない。それ以前の問題として、ジャスティンには隣国の言葉の理解もままならない状態だった。


現状を正しく理解出来なければ、父の言う取引量を増やすことなど難しい。契約書には伯爵家から輸出する総出荷量やダメージ率に応じて輸送費の分担がどうなるかという細かいことまで明記してある。この数字が割り出されたのにも、根底には根拠となる理由があったはず。けれどこれもジャスティンが苦手とする数字の分野。今までだったら、サブリナにどれくらいの利益を得たいか言えばいいだけだったことだ。


間も無くやって来るセーレライド侯爵家にジャスティン一人で対応することは無理だろう。否、オランデール伯爵家の者では無理だ、サブリナがいなければ。


ジャスティンに残された選択肢は限りなく少ない。その中で、保身をしつつ出来ることと言ったら…。もうこれしかないようにジャスティンには思えた。


心から愛した妻と離縁せざるを得なかったジャスティンならば、そのことを嘆いて病気になるしかない。ちょうど少し前に婚約破棄された侯爵令嬢が心の病で王都を離れたではないか。お陰でサブリナはファルコールへ話し相手として旅立ってしまったのだが。


ジャスティンが長く臥せっていれば、両親がサブリナを呼び戻す可能性もあるかもしれない。案外これは名案なのではないかと思ったジャスティンは、その日早速気鬱の演技を始めた。


起死回生の一手に思えたジャスティンの選択。しかしスカーレットからサブリナに対するジャスティンの所業を知らされていたキャストール侯爵はそれすらも読んでいた。どうにもならなくなった時にこういう人物が取りそうな手段など、逃げることだと。ただ、愛する妻を失うから病に臥せるという理由には好都合過ぎて笑い出しそうになったが。



オランデール伯爵夫妻がサブリナを排除したかったのは、ジャスティンに新たな妻を迎える為。しかし、ジャスティンは貴族院の事務官にもサブリナを愛しているから別れたくないと言い、今度は愛する妻を失ったから病に臥せるという選択をした。前妻に未練を残し続ける男に、伯爵夫妻が望むような娘はどんどん難しくなる。それこそが愛でサブリナを縛り続けたジャスティンへの制裁のように。

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