王都オランデール伯爵家22
事務官から届いた詫び状にジャスティンは思わず怒鳴りそうになった、『そうではない』と。
依頼したのは離縁申請書の差し止めや差し戻しであって、こんな詫び状を貰うことではない。
『提出書類に不備等は一切ございませんでした。その為受理された書類は数日後にはこのまま決済されます。ジャスティン様が奥様を深く愛しているので申請を止めたいとわたしに相談されたことは上司に伝えました。ですが、状況的に書類を差し戻すことは不可能とのことです。申し訳ございませんでした』
しかも読めば読む程送られてきた詫び状の文言に腹が立ってくる。本気で書類を止めようとするなら、上から文字を書き足して不備を作り上げるくらいのことをしてもらいたいものだった。管理する立場にあるのだからそれくらいは出来ただろうに。しかしそんなことをしないから、彼が今のポジションにいるということをジャスティンはもっと理解しておくべきだった。
貴族院には様々な申請書類が提出される。どうしても立場上誘惑の多いポジションなだけに、貴族院の事務官達もまた慣れているのだジャスティンのような申し出に。それに今回はジャスティンが接触してくるという事前情報があった、それもこの事務官の生家が属するリプセット公爵家から。そしてリプセット公爵から一言メッセージが添えてあった『正しいことをしなさい』と。元々職務を全うする事務官は、寧ろジャスティンからの接触時に掛けられた言葉をちゃんと控えておいた、付録として残しておくために。
裏でキャストール侯爵とリプセット公爵が手を回していたことなど知りようがないジャスティンは窮地に立たされた。詫び状には詫びの言葉などよりももっと重要な情報が書いてあったのだから。そう、あと数日。ジャスティンとサブリナの婚姻関係が解消されるまで数日しかないと。それに書類の差し戻しは出来なかったが、ジャスティンのサブリナへの愛情を鑑みて公示は目立たないところにだけ張り出すとあった。
今回の離縁は全てサブリナ側に問題があったという申請。離縁成立の公示には、協議や死別ではなく全てがサブリナの責任と世に伝える為、五年以上継嗣に恵まれなかったと表記されることになっている。それではあまりにも妻を心から愛するジャスティンには辛いだろうと、公示する場所だけは考慮するというものだった。
『愛する妻を失わないようにすることが一番だろう』とあの事務官に向かって怒鳴りたいのは山々。しかしジャスティンにはそんなことをしている時間などない。サブリナが行っていた仕事の記録を見直さなければならないのだ。特に隣国からやって来るセーレライド侯爵家との今までの遣り取りを綴った書類には時間が掛かるはず。相手が侯爵家なだけに、全ての書類が隣国の言葉で書かれているのだ。
ジャスティンは思った、見直したところで内容を理解することが出来るだろうかと。セーレライド侯爵家との更なる取引を望む父は、先ほども期待しているというプレッシャーを掛けてきた。ジャスティンが今までの遣り取りはサブリナが全ての書類を作成していたと告白する前に。
頭が痛くなるジャスティンに、サブリナが過去に言っていたことが蘇る。サブリナは書類を手にして確かに言っていた『隣国には契約に際して独特の分かりづらい言い回しがある』と。




