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目の前で交わされる会話を聞きながら、ダニエルは過去のことを思い出していた。それは貴族学院でのワンシーン。大切な友人が笑顔で語る幸せな悩みだった。
誰かにとり幸せな約束が、誰かの幸せな悩みになる…。
共通する幸せという言葉。しかし、それは同時に二人の女性を満たすことは難しい。一方には苦痛を、一方には文字通り幸せを与えた。
『アルフレッド様がドレスと首飾りをお祝いに用意して下さるって』
『殿下ならばシシリアを誰よりも美しく着飾ってくれるはずだ。まあ、シシリアは普段も誰よりも愛らしい女性だけれど』『でもいいのかしら?わたしがそんなことをしてもらっても…』
『殿下のことだ、既に心に決めたから話したんだろう』
『そうみたいなの。受け取ってしまっても良いのかと最初はとても悩んだわ。でも、ご用意いただくならと…透き通るようなダイヤモンドの首飾りをアルフレッド様にお願いしたの。勿論、小さな石のものをよ。これからアルフレッド様の色に染められたいって』
最初は受け取ってもいいものか悩んだが、最終的にはアルフレッドに透明度の高いダイヤモンドをリクエストしたとはにかみながら話してくれたシシリア。自身の心を透き通る石に見立てアルフレッドにダイヤモンドを願うとは、シシリアは本当に可愛らしい人だとダニエルはあの時は確かに思った。
しかし、別の見方も出来たはず。透明度の高いダイヤモンドは高級品だ、それに王族がこじんまりした石を調達するなどあり得ない。もしもその考えを同時に持つことが出来れば、ダイヤモンドを要求したシシリアにダニエルは苦言を呈すことが出来たかもしれない。あの時点ではスカーレットがまだ婚約者で、ダニエルはその弟だったのだから。けれど、ダニエルの行動は一方のみの意見を聞き、一方のみを信じ、一方のみに加担することだった。
それがどうだろう、別の話を別の視点から聞くことで違う何かが見えてきた。しかも、シシリアのリクエストは通らなかったと、ダニエルがどうしてその『特注品』なのかしっかり考えずにのこのこ持ってきたものによって。
ダニエルが見たのはこれからアルフレッドの色に染められたいと頬を赤くした幸せそうなシシリア。
十三歳のまだ幼さが残っていたであろうスカーレットがどういう表情を浮かべたかは分からない。でも、その相手は幸せな秘密と言い切ったのだ、しかもその年齢の男女には刺激的な内容を含ませて、だからスカーレットも当然あの日のシシリアのように幸せそうにしたに違いない。
貴族学院での何を言われても動じることなく強かったスカーレットの姿をこの中で唯一知るダニエル。そのスカーレットがアルフレッドからの婚約破棄という言葉に何の抵抗もせず受け入れたと聞いた時は、漸く邪魔を止めたのかと思っただけだったが…。
スカーレットは秘密を破ったアルフレッドへの全ての信用を放棄したからこそ婚約破棄をあっさり受け入れたのだ。あれだけのことが起きていても、貴族学院内だけで留まっていたのはスカーレットがそれでも未来を信じ表沙汰にならないよう努めていたと考えれば、その後のことが自ずと繋がってくる。
ダニエルはその『特注品』はスカーレットの呪縛を解くものなのかもしれないと思った。本来結わくリボンが解くとはと。




