211
十四歳の王子が同い年の婚約者の誕生日に用意したのは、淵に緑色の糸で刺繍が施されたそれはそれは美しい黄緑色のリボン。二人の好きな色を混ぜた黄緑にアルフレッドの好きな緑で刺繍を施した逸品だった。
取り交わされた約束通りその後二人が結婚したのならば、微笑ましいエピソードだったかもしれない。しかし、そこにいる全員がそんな未来が訪れなかったことを知っている。
果たされなかった未来に関係するものがペリドット。誰もがせめてもの罪滅ぼしにアルフレッドがペリドットのあしらわれたリボンを贈ったのだろうかと考えた瞬間だった、スカーレットがこれは違うと否定したのは。では、この特注品は何なのか。疑問に思っても、辛そうな表情を浮かべるスカーレットに質問出来る者は一人もいなかった。それは強く知りたいと願うデズモンドやダニエルすら。誰もが過去を乗り越える為にスカーレットが必要とする時間を待つべきだと思った時だった、スカーレットが再び話し始めたのは。
「実現しなかった遠い未来は黄色のドレスと黄緑色のペリドットの首飾り。アルフレッド殿下は、いつかこの二つを贈ると言ったの。わたしが好きな黄色のドレスに身を包み、その胸元を飾るのがペリドットの首飾りだと。殿下はあの時ペリドットの石言葉を教えてくれた。夫婦愛だって、二人の好きな色が混ざった色が夫婦愛だなんて素敵だって」
二人の関係が良好だったことが窺えるエピソード。そしてなんて罪作りなことをアルフレッドはスカーレットに話したのだとそこに居た全員が思った。それと同時に、ではそんな石言葉を持つペリドットをあしらった特注品が贈られた理由は何だろうかとも。けれど、スカーレットが話す次の内容に、一同は絶句したのだった。
「遠い未来のドレスと首飾りを贈ることを、殿下は二人の幸せな秘密だとおっしゃった。約束ではなく、秘密と。そしてその秘密は貴族学院の卒業の時に、破られた。黄色のドレスとペリドットの首飾りをカトエーリテ子爵令嬢が身に纏って殿下の隣にいたの。あれはどういう意味だったのかしら…。わたしはドレスと首飾りが欲しかったわけではない。ただ、幸せな秘密を信じたかった」
薫は言葉にすることで理解した。靄がかかったようなあの瞬間のスカーレットの気持ちが。何があろうとそれでも信じていたのだ、幸せな秘密が守られることを。仮令アルフレッドがシシリアを王宮に迎え入れようと二人だけの秘密は守られると。
シシリアの為にデザインされたドレスと首飾り。せめて黄色とペリドットでなければ…。あの瞬間、スカーレットは理解した。どんなに抗おうと決められた道から外れることは出来ない。スカーレットはアルフレッドにとり不要な人物にしか過ぎないのだと。悲しさもあった、けれどスカーレットを襲ったのは虚無感。薫はスカーレットの記憶に靄がかかったと思っていたが、違う、全てが無くなってしまっていたのだ。
「ペリドットは今更なの。だけど、わたしにも分からない。どうして殿下が今更このリボンを用意したのか。誰か、教えて、どうしてリボンがわたしに贈られたのかを」




