王都リプセット公爵家別邸2
「ところでイシュタル、今、何か欲しいものはないかしら。明日、旦那様と買い物に出掛けるから、欲しいものがあれば教えてちょうだい」
「特にはございませんわ」
「そう、ではわたくしが産まれて来る子供用のものとあなたへの贈り物を選ぶわ」
「いえ、お義母様、ジェスト様も色々揃えて下さっていますので」
「センスのないものばかりをでしょ。大丈夫よ、旦那様は一緒にいるだけ。選ぶのはわたくしよ。それに明日買い物に行くことはファルコールの館に滞在する為に必要なことなのよ」
「ファルコールの館ですか?」
「ええ」
成人した三人の子を持つ母親とは思えない容姿のエラルリーナは笑みを見せながら頷いた。そしてイシュタルへの贈り物を出入りの商人達を呼ぶのではなく、態々出向いて購入する理由を教えてくれた。
リプセット公爵夫妻が連れ立って買い物にやって来たとなれば、当然注目を浴びる。しかも明日は店を一定時間貸切ることもしない。寧ろ会話を含めた全てを周囲に公開することを目的としている。
「当然、我が家と取引や繋がりがある家々へわたくし達の情報は直ぐに流れるでしょうね。でも、狙っているのはたった一つの貴族家なのよ」
イシュタルはエラルリーナから聞かされた内容に驚いた。先ずはキャストール侯爵、その人に。侯爵が依頼してきた内容は自分の友人の娘を助ける為。助けたところで、侯爵には何の利もないようなことだ。強いて言うならば、友人との関係性が深まるくらいだろう。しかし侯爵は動いた。
そして義理の父、リプセット公爵もまた動いた。ここにもジョイスによってギクシャクしてしまった友人、キャストール侯爵との関係性を以前よりも深めたいという気持ちが見える。だから、連絡を受けて直ぐに動くのだろう。しかも侯爵は義父が動き易いよう、ご丁寧に理由まで作ってくれている。義父が義母の希望を少しでも早く叶えてあげられるような理由を。一時はギクシャクしようと、双方を良く知る二人らしい遣り取りだ。
そして何より、その起点となっている人物がスカーレットだとは。エラルリーナから聞けば聞く程、スカーレットの洞察力は素晴らしい。しかも侯爵同様、そこにスカーレットの利はないというのに。
「スカーレットは大切な友人の為に動ける子なの。だから貴族学院でどのような立場になろうと大切な婚約者であられる殿下の為に尽くしたのではないかしら」
「…」
「当事者の一人の母親がこんなことを言うのもおかしいけれど、聞こえてくる話はとんでもないことばかりだもの。ジョイスにはしっかり償わせないと」
「贈り物の話を聞いた時には引いてしまいましたが、ジョイス様はスカーレット様の心臓、それは命だけでなく心も守ると決めたのでしょうね」
「恐らくそうだと思うわ…。そうだ、今回はあなたの妊娠を出しに使うのだから、無事ファルコールの館に滞在出来た時には、沢山お土産を買ってくるわ。ジョイスのセンスも怪しいから、ブーティはわたくしもお願いしてくるわね。それにケープやあなた用のひざ掛けも」
「それにしても、子が出来ないことをずっと言われ続けていたというのに、それを逆手にとって離縁へ持って行こうだなんてサブリナ様は強い女性ですわね」
「それを決心させたスカーレットも、同性として辛いことを理解したうえで決心させたのだから強い精神力を持っているわ。だからこそ、その隙間に出来てしまう歪をジョイスは見抜いて守ってあげないと…。でも、あの子、ただでさえ女性と上手く接することが出来ないのに大丈夫かしら」
今度は曖昧ではなく、はっきりと『大丈夫ですわ』とイシュタルはエラルリーナに返したのだった。




