王宮では40
「それと、晩餐会でテレンスの婚約のことが参加者に伝えられれば、貴族達の間ではその話で当分もちきりになるはずだ。純粋に祝う気持ちではなく、今後キャリントン侯爵家とどう付き合うか腹の探り合いをするだろうから。ジョイス、おまえはそのタイミングでここを去れ」
「…すまない」
「どうしてそうなる。俺はおまえを切るというのに」
「ここを去るには最高のタイミングを与えてくれて」
「俺にとって丁度良いタイミングなだけだ。誰もジョイスがいなくなったことを気にしていられないから、その点に関してだけでも静かなのはありがたい。それ以外はいろいろ慌ただしくなるのは分かっているからな」
「そうだな。勿論、そこで必要な根回しや文書は揃えておく」
ジョイスの代わりはいない。全てを言わなくても分かってくれ、それに向かって必要なことを上手く整えてくれる人物は。為政者のアルフレッドにとり大きな損失であることは間違いない。でも、それ以上にジョイスがいなくなるということはアルフレッドに大きなダメージを与えることだった。
「ジョイス、ファルコールの冬は寒いらしい」
「ああ」
「たまには王都に酒でも飲みに来たらどうだ。その時には姪か甥もいるだろうし」
「…」
「多少の雪が降ってもあの街道なら大丈夫だ。否、あのキャストール侯爵のことだ、街道整備をするにあたって公にはしていない特別なルートくらい作っただろう。それを一日でも早く覚えてくれ。三人いた大切な幼馴染が、何かの数え歌のようにどんどん周りからいなくなるのは、ただのアルフレッドという男には辛い。それも全員が遠くへ離れていくというのは」
「…ファルコールの食事は旨い。涼しくなれば日持ちするだろうから、公爵家へ今まで育ててもらった礼に届けようと思う。それに、良い羊毛もあるから生まれてくる姪か甥の為に何か編んでもらったものを贈るつもりだ。その時にアルの時間があれば」
「大丈夫、その時は必ず時間を作る。…さあ、テレンスに最大限政治的効果を残して貰うよう考えないとな」
読めば読む程、テレンスには何も無い婚約者という立場。婿と婚約者では大きな違いがある。確定と不確定では。
この条件をよく呑んだものだとアルフレッドは思った。王族に婚約破棄を突き付けられ、一瞬でその立場を失ったスカーレットを間近で見ていたというのに。それに報告書の文言から二年後の婿が確定していないことも、マリア・アマーリエの気持ち一つでテレンスが排除されることも窺える。
このレースの勝算は今のところ五分五分くらいなのだろうか。テレンスが婚約式に兄の参加を望んできたのはその表れではないかとアルフレッドは考えた。キャリントン侯爵が出席しては、万が一話が立ち消えた時に面倒なことになると分かっているから、兄を希望してきたのだろう。
「ジョイス、テレンスを祝う気持ちがあるならば、婚約式へ王宮から向かわせる人員や贈り物の案をまとめておいてくれ。それも最高のものを」
「分かった」
それがテレンスに出来るアルフレッドの祝いに思えた。




