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オリハルコンの女~ここから先はわたしが引き受けます、出来る限りではありますが~  作者: 五十嵐 あお


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夜会の光はデズモンドにとって自分を効果的に見せる為のスポットライト。演劇の経験がない薫には舞台の上で演者がスポットライトをどう意識するかは分からない。けれど、ほとんど通っていなかったダンススクールのレッスンでは散々言われていた、スポットライトを意識して踊るようにと。そしてここは執務室。豪華な照明もなければ、観客もいないこの部屋では、デズモンドが今浮かべている表情は本物。理由があってデズモンドは悲しいと思っている。


「何があなたをそんなに悲しませているの?」

見て見ぬ振りをしてはいけない。これは薫がお節介体質だからではなく、デズモンドが感情に蓋をしない為。薫はデズモンドからネガティブな感情の理由を吐き出させなければいけないと思った。夢の中のような昏い表情を今後させない為にも。キラキラしい表情の仮面を外したデズモンドの真の表情があの昏いものになるまでに、どれだけ感情を殺し続けたのだろうか。


「悲しい?」

「そんな顔をしてる」

「そうかな、羨ましいとは思ったけれど。姉と弟っていう姉弟関係はいいなと思ったよ。特にキャロルのような優しい姉がいる弟はね。羨ましさと美しい兄弟愛を見ることが出来たっていう表情を浮かべたんだと思う、きっと」

「あなたが取引相手のままだったら、わたしも今の言葉に納得せざるを得なかった。でも、わたしは、あなたを大切な友人の一人だと思っている。だから、悲しそうなあなたに寄り添いたい」

「…本当に羨ましかったんだ。苛立たしい程にね。君の弟は全てを許されて、しかも抱きしめられた。それに引き替え俺はどうだろうって。許されていないから、母親に抱きしめても貰えない。それどころか、常に兄や家の為に尽くしていなければならない」


薫は理解した。デズモンドは悲しかったのではなく、傷付いていたのだ。ダニエルとその姉、スカーレットの抱きしめ合う姿を見ることで二人の家族愛を感じてしまったから。苛立ちと言ったのは、感情を外へ放出することで内側にいる自分が傷付いていると気付かない為。


「デズ…、今だけ、わたしはあなたのお姉さんになる」

一人っ子だった薫は当然のことながら弟や兄とスキンシップを取った経験などない。だから男性とどういう距離感でスキンシップを取ればいいのかも良く分からないというのが本音だ。先程もダニエルに勢いがなければ、あんな風に抱きしめ合うことは出来なかっただろう。ハーヴァンの時だって、別れに際し気分が盛り上がり過ぎて友達同士で行う憧れだった別れのハグをしてしまったのだが…。こんな絶世の美男子に、それもハーヴァンのように次にいつ会うか分からない相手ではなく、間違いなく二日以内に会う相手にこんなことをするとは…。


薫はおずおずとデズモンドの背に腕を回し、抱きしめたのだった。敢えて『お姉さんになる』と宣言することで気恥ずかしさを紛らわせようとした薫だったが、デズモンドの体はそれを許さなかった。騎士宿舎から国境検問所まで馬で往復しているせいか、薫の触れたデズモンドのしっかりした背は大人の男性を感じさせるものだった。しかも、距離の近さで感じるデズモンドの香りは大人のそれで。


ところが漸く気持ちを落ち着かせ、体を離しデズモンドの顔を覗き込んだ薫を待っていたのはとんでもないものだった。そこに居たのは可愛く見えるデズモンドだった。


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