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国境検問所は元々プレストン子爵が代官所と兼任していた。それも五分五分ではなく、八対二くらいで。どちらが二かというと、国境検問所。ここまで聞けば、デズモンドが引き受けた国境検問所の仕事は簡単そうに思える。しかし現実は違う。それまでのキャストール侯爵家が行っていた国境管理とデズモンドがファルコールにやって来てからでは業務の前提条件が異なるのだ。
それにプレストン子爵も最初から八対二で仕事をしていたわけではない。様々なことが起こる領地管理に力を注ぐ為に、業務の流れが決まっている国境検問所の効率化を早い段階で行った結果と言えよう。
事実、デズモンドが国境検問所に赴任してプレストン子爵から渡された書類に記された業務量はそれなりのボリュームだった。しかも別紙には、これから発生する国境検問所そのものの経費や人件費を国に請求するという新たな業務も。
『古いやり方が足枷になるよりは、マーカム子爵の好きな方法でここを治めていただければいいかと』
書類を手渡しながらプレストン子爵が発した言葉の意味など考える必要はなかった。プレストン子爵がというよりも、このファルコールを治めるキャストール侯爵家はデズモンドを歓迎していないと言いたかったのだろう。デズモンドがファルコールへやって来た理由などお見通しだったのだから。
そこでデズモンドは過去数年の報告書の写しに目を通した。プレストン子爵がどういう効率化を図ったのか追ったのだ。上手く行っていることはそのままを踏襲すればいいだけ。デズモンドには独自のやり方を導入し、自分の能力を誰かに見せ認めてもらいたいというような気など全くないのだから。
結局、国境検問所は大きく分けて二つの部門に別れた。今まで行っていた業務と新たな業務部門ということだ。こうすれば働く側にも大きな混乱はない。先ずは問題なく業務を回すことを最優先にした結果、使う書式も同じにした。
最初は関わりを持つことはないと匂わす発言をしたプレストン子爵も今ではたまに茶を飲みに来るようになった。これには最初は驚いたが、考えてみればスカーレットが裏で手を回したことは明らかだった。
そして今日もプレストン子爵が来ることになっている。ダニエルがファルコールに到着する日にここで事前にスカーレットと会う手筈を整える為に。
しかしその前にデズモンドは細心の注意を払い書かなくてはならない報告書がある。キャリントン侯爵へ宛てて。
「サブリナ夫人は最初に見た時と雰囲気が変わっていたな」
「吹っ切れたんだろう。だから、まあ、離縁を決意したんだろうが。さて、俺は折角提供してもらった情報をどう活用するかだな。聞こえてきた、聞いた、教えてもらった、相談された、耳に入ってきた過程をどうするかも考えないと。それによって侯爵はサブリナ夫人と俺との距離を測るだろうから」
「ああ。内容の信憑性も。高いと伝えるにはその裏が必要になる。低いと書いてしまえば、サブリナ夫人の話が本当だった時にデズモンドとスカーレット様の関係の浅さを指摘される。面倒なことだ」
サブリナからの情報は有り難いものだった。けれど報告書にどう書くかは非常に悩ましい。本来の国境管理報告よりも、キャリントン侯爵への報告書作成はいつものことながら本当に手間が掛かるとデズモンドは思いながら息を大きく吐き出した。




