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鳥の囀り声に明るい陽射し。天気が良ければほぼ毎朝繰り返すこと。それがモンドとイマージュから≪お祝い≫を貰ったばかりの薫には何故か特別なことに思えた。
あの日階段から落ちるまで、会社では色々なことがあった。仕事は忙しかったし、なっちゃん達からの嫌がらせもそれなりにあった。けれど、もう過去のこと。それも薫にとってどうでもいい過去のことになった。
そう思えたことに鳥の囀りは祝福の音に、日差しはこれからの人生を照らすスポットライトに思えたのだ。
何年先の未来かは分からないが、あの男もなっちゃんもそれなりに変わっていく。薫があの日々を過去にしたように、彼等も薫という存在を過去にする。けれど薫と彼等とでは残念ながら過去の意味合いが違うことも事実。生きている彼等にとって薫が死んだことは、後悔や戒めに似た感覚で心の奥底にずっとあり続けるのだろう。なっちゃんに至ってはあんなに嫌っていた薫をずっと心の中にしまい込まなければいけないとは。
でも、薫にはもうその必要がない。過去からの解放、それが≪お祝い≫なのだろう。恋をすると決めたから、前を向いたから、過去、そしてそのうちやってくる未来をモンドとイマージュが見せてくれた気がしたのだった。
「いつもありがとう。これはいつものようにお父様へ。この封筒は前リッジウェイ子爵へお願い出来る?」
「畏まりました」
薫はその日、サブリナの現在を過去にする為に予定通りキャストール侯爵へ宛てた手紙をBへ手渡した。
「面倒を掛けると思うから、今回は焼き菓子をたっぷり包んだわ。ランチボックスは一日分しか渡せないけれど、焼き菓子なら日持ちするし、軽いでしょう」
「いつもありがとうございます」
命じればいいだけの立場なのにいつも感謝をしてくれるスカーレットにBこそ礼を言いたいと思っていることなど知らない薫はいつものように食料を渡したのだった。
ちょうどその時だった、ナーサが薫に荷物が届いたと連絡に来たのは。
「荷物?」
ファルコールの館にいるスカーレット達へ荷物が届くことはほぼない。畜産研究所の研究員や世話人に届くことはあったとしても。もし必要な物があればAかBが持ってくる。二人が持てないものならば、ファルコールで買えばいいだけなのだ。
それに連絡に来たナーサは困惑顔。その表情から荷物が好ましくないものだと薫は理解した。
「誰からの荷物?」
「それが…、サビィに宛ててオランデール伯爵家のクリスタル様から。受け取りサインはキャストール侯爵家にて行いましたが」
「じゃあ、サビィに渡さないとね」
過去になどさせないと現在が邪魔をしようとしているのだろうか。しかもこのタイミングで、サブリナを軽んじていたであろうクリスタルが。
薫がナーサと共に談話室へ向かうと、そこには美しくラッピングされた荷物があった。しかもとても高価そうなリボンまで掛けられたものだった。
先に到着したのはこれです。




