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勿体ぶる、はぐらかす。デズモンドにしたらサブリナの態度はそう見えてしまうのだろうか。しかしサブリナの性格はそうではない、ただ正しく伝えたかったのだ、スカーレットの心境を。そこへ辿り着くまでの経緯を。だから、第一声がサブリナ自身の離縁を伝えることだった。
サブリナはスカーレットとどういう遣り取りをしたのかをデズモンドに正確に伝え出した。耳を塞ぎながらもしっかり聞こえている内容に、薫は罰ゲームを受けているような気分になりながら只管『振り』を続けた。
過去の関係性からサブリナは信頼出来る相手なはず。それなのに、薫が恋の相手に挙げた二人の名前を言ってしまったらどうしようと思いながら。
「そしてデズさんの質問だけれど…」
聞こえていない振りではなく、本当に聞こえていなかったことにしてしまえばいい。薫がそう思った時だった、サブリナが茶目っ気たっぷりに当初の目的をデズモンドに伝えた。
「英気を養いたくて。わたしも独り身になるし、キャロルも恋をしたい。だから、王都で有名なあなたを見て刺激を受けようと思った。そうね、わたし達が持つ女性としての感情の種をあなたからの刺激で芽吹かせてもらいたくて呼んだの。でも、感謝してね、この情報をわたしは一番にあなたに伝えた。そして心得ていて、わたしが姉のような立場でキャロルを見守っていると」
「その情報に感謝するよ。それに心得ている、サビィだけでなくキャロルには沢山の目が向けられていると」
「では、リアムさんと二人でわたし達に男性とおしゃべりするのは楽しいことだと教えてちょうだい。もう、わたしは手を叩いていいかしら?」
「どうぞ手を叩いて、お姫様の耳が聞こえないという魔法を解いてあげて下さい」
そう言って薫の瞳を覗き込んだデズモンドの表情には三割増しで色気が滲んでいた。これからは今以上に攻めるから覚悟をしろと言うかのように。
騎士が攻撃を強めるならば、剣技などの誇れるものを使えばいい。けれど色男のデズモンドが攻撃を強める時には、やはり色気なのだろう。
「さあ、キャロル、これからデズさん達が楽しい話をしてくれるわ」
「楽しいことの前に、サビィに重要なことを伝えたい」
「わたしはまた耳を塞いだほうがいい?」
「否、キャロルも知っていた方がいいことだ。楽しいおしゃべりの前に、今日、この時間を持つ起点となったサビィにはお礼をしないと。実はキャリントン侯爵邸で重要な晩餐会が開かれる。それが離婚をすんなり終わらせる助けになるかもしれない」
社交シーズンだ、お茶会や晩餐会は王都の各所で開かれている。キャリントン侯爵家ならば、規模の大小はあるだろうが勢力を見せる為にも数回開かれて然り。しかしどうしてキャリントン侯爵家の晩餐会とサブリナの離縁が結び付くのか。オランデール伯爵家はキャリントン侯爵家とは大した関わりがない家だというのに。
「時間がないけれど、晩餐会の前に離縁をオランデール伯爵家へは伝えるべきだ。晩餐会にはオランデール伯爵家が取引しているセーレライド侯爵家が隣国からやって来る。こう言えば分かるね、サビィ」
「マーカム子爵、あなたはどれだけの情報を握っているの、ねぇ、どこまでを知っているの?」
デズモンドとサブリナの様子を見ながら、薫は実現することはない未来の夢を思い出したのだった。今の世で二人がこれから共有するであろう情報は子供のことでなくて良かったと。




