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前レヴァリアルド伯爵夫妻がチェックアウトする日、薫は乾燥シイタケと道中で楽しめる焼き菓子をお土産として手渡した。そして最初の休憩地で食べてもらうランチボックスも。
ランチボックスの中身は夫人が気に入ってくれたパンで作ったサンドイッチと前世の薫にとってお弁当の定番のおかずだった唐揚げ。
サンドイッチは二種類。卵好きな薫らしいチョイスで、一つは勿論卵サンド。そしてもう一つはどうせならこちらも宣伝しなくてはと、畜産研究所で最近作られたサラミにキャロットラペと生マッシュルームのスライスを入れたものを用意した。
夫人が開くお茶会での宣伝効果もさることながら、横のネットワークも無視できない。ランチボックスは今回の旅に同行している使用人と護衛の分も見栄えは変えたが同じものを用意したのだった。
「妻と有意義な時間を持つことが出来た。何とお礼を言ったらいいのか。しかも、帰る日もここまでしてもらうとは」
薫は小さな声で、『父の友人のご両親ですもの、これくらいさせて下さい。これからここをもっと良くしますので、是非またお越しいただければと思います。その時はお孫さんもご一緒に』と前レヴァリアルド伯爵へ小さな声で伝えたのだった。
「ふふ、キャロルさん、ありがとう。ファルコールへの道は整備されている上にこの地を治めるキャストール侯爵のお陰で安全だから、そうね、今度は孫達も連れて来るわね。特に騎士に憧れている子には、良い場所だわ、私兵の方を間近に見られるチャンスですもの」
「お待ちしております」
別れ際、夫人も小さな声で薫に囁いた。『知人のお嬢さんが病気療養の為にこちらにいるらしいの。一週間もいればお会いすることもあるかと思ったけれど、よっぽど深刻な状況なのかしら、一度もお見掛けすらしなかったわ。帰り道では何度か独り言を呟かなくては』
茶目っ気たっぷりに囁く夫人。王都でのことを詳しく知らない薫は、その表情から夫人がちょっとしたエッセンスを振り撒いてくれるのだろう程度にしか感じなかった。
まさか、王宮がスカーレットに特別な役職を与えてまでも迎え入れようとしていることを阻止する為だとは夢にも思わなかったのだった。
「キャロルさん、やり切りましたね!」
「ええ、初めてだから心配なことも沢山あったけど、概ね上手くいったわよね?」
「はい。ですから、今日はゆっくりお休み下さい。温泉に浸かって、その後マッサージはいかがですか?わたしも腕が鈍るといけないので」
「ありがとう、ナーサ。じゃあ、お願いしちゃおうかしら」
いくら私兵の宿舎と詰め所が目と鼻の先だとはいえ、スカーレットはキャストール侯爵家の大切なご令嬢。今は中身が薫だとしても、温泉に一人で入るなど許されない。
ナーサが中まで付き添い、何と外ではケビンかノーマンが待機する。しかも、私兵を一人連れて。
体と頭をナーサが丁寧に洗い流してくれるのは侯爵邸に居た時から行われていたこと。最初は途轍もなく恥ずかしかったが、今では流石に慣れた。しかし建物の外とはいえ男性を待たせて入浴、その後の湯上り姿を見られるのは、同性に体を洗ってもらうのとは違う別の恥ずかしさがあった。しかし、それは最初の数日だけ。
薫は図太かったのだ。前世の会社でオリハルコンのお局処女と陰口を言われようと気にすることもなかった程。その強い精神力のお陰でスカーレットに魂を拾われたわけだが。
最初の数日は確かに恥ずかしかった。でも、こういうものだと思えばいいと、薫は自分自身に言い聞かせることでこの状況に数日で慣れたのだった。
今では当番制でやってくる私兵とも湯上りトークが出来るまでになっている。
「キャロルさん、今日はどの湯にしたんですか?」
「今日は一番熱い泡のお風呂にしたわ」
「じゃあ、俺も泡風呂にしようかなぁ、今日は」
と、簡単ではあるものの会話を楽しめるようになったのだった。




