182
「ああ、とても素敵だ、俺の一等星がスターダストを纏ってより一層輝く様は。でも宵よりは最も暗い時間にその輝きで俺を照らして欲しい」
薫の渾身の一撃を躱すどころかデズモンドはどうしてそんなに簡単に跳ね返してしまうのか。所有格で表現された一等星はどんなに他の解釈をしたくてもスカーレットのこと。スターダストとはリボンに散りばめられたレモンシトリン。問題はその次の発言だ。薫としては宵の刻、まだまだ子供も起きている時間にお茶に招いたというのに。それなのに、デズモンドは一等星を最も暗い時間に見たいという。それは深夜のことか、将又夜明け前か。どちらにしろ、それはちょっと、否、かなりとんでもない状況ということだ。
返しの速さ、それもデズモンド的な表現に薫はどう答えていいか分からず、じっとその綺麗な顔を見つめてしまった。そして、その顔に美しい笑みが浮かぶと体中を血が勢いよく巡り出した。呆気に取られ一瞬止まった薫の感情が、もう制御する必要はないと暴走するかのように。
「つい、本音が先に漏れてしまった、美しいお方。覚えている?初めて会ったときに妖精や女神がどうして迷い込んだのか尋ねたことを。あれは愚かな質問だった」
愚かというより気障過ぎて驚いたデズモンドとの顔合わせ。忘れようにも、印象的過ぎる言葉だった。だから、薫は正直に『あなたの言葉にもその美しさにも驚いたから覚えている』とデズモンドに返したのだった。
その返事を聞いたデズモンドは薫に近付き少しかがむと、『ありがとう』という言葉の後何かをした。微かなリップ音のすることを。
「スターダスト達にお礼のキスを贈ったんだ。キャロルをこんなに輝かせてくれたからね。そして、本当にありがとう、身に着けてくれて」
傍に控えるケビンが止めることが出来ない程素早い動きに、薫の後ろにいるナーサとサブリナがポーっとする台詞に動作。
しかしその三人にも聞き取れないくらい小さな声でデズモンドが囁いた言葉に薫は頬が火照るのを感じた。
『君が一番輝いた瞬間を下から眺めたい。二度と君がどこかへ迷い込まないように捕まえてしまいたい』
今後こそ薫は思考が停止し何も言えなくなってしまった。違う、無理にでも停止させなければならないと思ったのだ。デズモンドの囁きの意味を考えると自滅してしまうだろうから。
迎える側の人間が誰一人として動けずにいる中、最初に現実に戻ったのは一応既婚者であるサブリナだった。
「デズさん、キャロルはまだ若いからあまり大人の魅力で困らせないであげて」
「そういうサビィも今日は一つの星の輝きを終わらせ、新たな星として生まれ変わったように美しいね」
デズモンドは女性という生き物の観察に長けているのか、サブリナの心境の変化にまで勘付くようだ。そして、それを惜しげもなく気障な言葉、それこそスターダストを纏わせたキラキラしい言葉で表現してしまう。
年季が違う…、薫のささやかなお返しは言うまでもなく失敗に終わった。そしてサブリナもその無謀な計画のあおりを食らってしまったようだ。
「さあ、入っ…、どうぞ」
「ありがとう」
薫が咄嗟に言い換えた言葉にデズモンドが色気混じりの笑みで返してきた。当初の目的、絶世の美男子を添えてお茶を楽しむだけに留めれば良かったと薫が思ったのは言うまでもない。
しかし、このお茶会はその目的だけに留まらなかった。サブリナに英気以上に重要なことを与えるようになるとは。




