王宮では35
『いつかスカーレットに黄色のドレスとそれに似合うペリドットの首飾りを贈らせて』
『これは二人の幸せな秘密だよ』
秘密とは便利な言葉だ。当事者以外、秘密が漏れなければ誰も知りようがない。身分が高い人間程この言葉を多用するのはそういうことだろう。あれが『幸せの為の約束』、『幸せな約束』、そんな言葉を交わしてしまっていたら、大嘘もいいところだった。アルフレッドは王族として生まれ、悲しいかな何も気にすることなく未来に約束ではなく、秘密を使っていた。
しかし、秘密という言葉を使っても、未来への約束だったことに変わりない。婚約という将来を誓い合った相手への言葉だったのだから。当然、スカーレットもそう受け取っていたことだろう。
当事者以外知らない幸せな秘密。実現されれば、二人だけが幸せの存在を分かち合う。では、闇に葬られたら。秘密を忘れていたアルフレッドに対し、黄色のドレスとペリドットの首飾りを身に着けたシシリアを見たスカーレットはどう思ったのか。
記憶にあるのはスカーレットの瞳から一瞬光が消えたこと。それはほんの一瞬。そしてアルフレッドは思ってしまった、漸く諦めたかと。そんな風に思ってしまったのは何故か。どうして、大切な秘密を忘れてしまったのか。
幸せな秘密が破られたスカーレット。それと同時にアルフレッドは大切な幼馴染で、この王宮で呼吸をし易くしてくれる大切な存在を失ったのだ。
『こちらも受領の署名が必要でしょうか』
『何と言って姉に差し出せば良いのでしょうか』
ダニエルがアルフレッドから差し出された贈り物を前に、あのような質問をしたのは当然だ。スカーレットがアルフレッドから装飾品という贈り物を受け取る理由など無いのだから。
それに、『あの贈り物が侯爵令嬢を更に傷付けてしまうとは思わなかったのか?』とジョイスは何故今更尋ねるのか。ダニエルに渡す時には受け取って貰うには特注品だと言わない方が良いとまで口を挟んだのに。
何にも興味など無いという顔をしているくせに調べたな、とアルフレッドは思った。王家管轄修道院のバザーの話も何かの拍子に情報を得たというより、理由があって調べたのだろう。
理由…その理由は、感情がないように見えてもジョイスにも言動を起こさせる気持ちがあるということだ。けれど黄緑の意味をジョイスが知ることは九割がたない。スカーレットが話さない限りは無理だろう。
「シトリンにもペリドットにも希望という石言葉があるそうだ。俺はまたいつかスカーレットと幼馴染として語り合う日が来ればいいと思い同じ希望という意味を持つならば約束の色のものを贈った。小さな贈り物だ、不要なら闇に葬ればいい」
約束の色などという言葉を使っておいて誤魔化すのは難しい。それでもアルフレッドはこれ以上この領域にジョイスを立ち入らせたくなかった。苦し紛れに小さな贈り物と言ってはみたが、スカーレットが集めているとも既に伝えてしまっている。表情には出さないものの、アルフレッドは自分自身が矛盾だらけだと思わずにはいられなかった。ファルコールに滞在し易いよう二重国籍証明書を発行し、あの贈り物も届けるとは。
あの頃は良く分からずにペリドットの石言葉をスカーレットに伝えた。夫婦愛以外に和合という意味があるのを知ったのは随分後のことだ。二つのものが溶け合い、一つになる。夫婦愛以上に、男女を表す言葉。あの日、シシリアの胸元に輝くペリドットの首飾りを見たスカーレットの瞳から光が一瞬消えたのは何を思ったからだろうか。
否、思うのではなく、あの時こそがスカーレットの決心が固まった瞬間だったのかもしれない。だから今アルフレッドはここにこうしているのだ。
「ところで、ここでの仕事が終わったら、直ぐにファルコールへ向かうのか?」
そろそろ聞いておこうと思った。今まで一度もジョイスの今後など尋ねなかったが、アルフレッドは薄々勘付いていることを確認しておくべきだと感じたのだった。
誰か一人に肩入れしないよう、登場する男性陣の話をバランス良く書きたいのですが…どうしても偏りますね。
それと、話が長くなりすぎてしまい申し訳ございません。話の中の経過日数はそれほどではないのですが…。そして、誤字脱字、いつもありがとうございます。




