王都リプセット公爵家15
王都の花屋のような立派な花束は途中の町やファルコールでは望めない。ジョイスが知る王都で評判の菓子も、ファルコールの館で食べたものの味の方が良かったように思える。それに今までの関係からジョイスはスカーレットの好きなものが分からない。だったら絶対に必要とされている馬は間違いのない手土産だ。失敗しない為に、毛艶と肉付きが良い美しい馬をクロンデール子爵家の厩舎で選んだというのに。
「贈り物はどういう役割を果たすのかしら?」
謝罪、友好関係構築、誕生日のような特別な日の記念…。今回に限って言えば、これからの未来を構築する為の印。
「どうせまた難しく考えているのでしょう、その顔は。わたくしと旦那様の過失ではあるけれど、ここまで酷いとは正直困りものね」
母は少し悲しそうな表情でジョイスにどのような過失を犯したのか話し始めた。ジョイスがスカーレットを嫌いになろうとしていたことを知っていたのに、敢えてそのままにしていたことを。
「後々困ったことや問題が起こるよりは…と、あの時は考えてしまった。それにいくら嫌いになろうとしても、元々大好きだったのだからたかが知れていると思ってしまったのね。ところがあなたはそれに反して、年々振り切れていった。加えて、他の感情まで何も見せないようになって。徹底し過ぎていて怖かった。それ程スカーレットが大好きだったのだと分かって。それでも、スカーレットはあなたの手に届く存在ではないから、いつか手放しでお互いを支え合える相手が出来ればと…」
母や父から見たら、幼い日のジョイスは『好きになってはいけない』と言葉にしなければいけない程スカーレットへ感情が真っ直ぐ向かっていたのだろう。両親はいつかジョイスが辛い思いをしないよう、早々にスカーレットへの想いの芽を摘み取ったのだ。
「母上、過去は変えられません。それに、何故『好きになってはいけない』と言われたのか理由を深く考えず行動をし続けたわたしにも問題があります」
「そうかもしれない…けれど」
「それに結果的に様々な間違いを犯しましたが、今があります」
「ありがとう。あなたが前向きにこれからを捉えてくれていることが、わたくしと旦那様にはとても嬉しいわ。だから、旦那様も馬を二頭も購入するのでしょうけど…。でも、十八のお嬢さんに馬二頭はないでしょう。家臣だったら公爵から馬を賜ったと誇りに思うかもしれないけれども。それもどちらかというと家臣の中でも防衛方だと思うわ。けれど、あなたが贈り物をするのはスカーレットなのよ。そして必要なのはスカーレットに喜んでもらうことが重要ではないかしら」
「喜ぶ…」
「そう、喜んでもらえるよう考えなさい。絶対に必要になる失敗がない贈り物ではなく、あなたの心を見せるの」
「ですが、わたしはスカーレットが好きなものを何も知りません」
「それでも考えるの。それが今まで自分の気持ちに蓋をするだけではなく、あなたが行ってきたことへの報いなのかもしれないわね。何も知らなくて悩むことが」
悩むどころかスカーレットに対しマイナスからのスタートしかきれないことも報い。そこまでは言わないのは母の優しさなのかもしれないとジョイスは思った。
「ところで母上、スカーレットが好きな色は黄緑だと聞いたことはありますか?」
「未来の王妃だったスカーレットが自分の好みを大々的に言えるはずがないでしょう。知っているのは家族と、もしかしたら殿下くらいじゃないかしら?」
デズモンド、アルフレッドが用意した黄緑の宝石が付いた贈り物。気になることばかりだとジョイスは思った。そして二人の装飾品に対しジョイスが用意する贈り物は馬。実用的ではあるが、確かに母が言うように十八歳のスカーレットには微妙な贈り物だ。
「明後日の朝食までに、スカーレットが喜びそうな贈り物を考えます」
「分かったわ、楽しみにしてるわね。では、あなたは明日も明後日も話を聞きに来るのね」
「はい。殿下へは今日聞いた話以外の方がいいでしょうから」
「それもそうね」
母が公爵夫人の情報への対価にスカーレットを望んでいたとは知らないジョイスは、予定よりも時間が掛かってしまった朝食を終わらせ足早に食堂を去ったのだった。




