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初めてのゲストは前レヴァリアルド伯爵夫妻。六十代前半の優しそうな二人だ。
既にキャストール侯爵からここでのスカーレットに関する話はなされていたようで、開口一番『よろしくね、キャロルさん』と夫人が声を掛けてくれたのだった。しかもゲストだというのに、手土産まで持ってきてくれた。
のんびりとした毎日と新鮮な食材で作られる様々な料理。足湯を楽しんだり、牧場を見たり。二人はファルコールでの毎日を楽しんでくれているようだった。
「キャロルさん、ここのキノコ、あのシイタケは香りも味もとっても良いわね」
「そうおっしゃっていただけると嬉しいです。シイタケは試験的に人工栽培しているところなんです。是非、お土産に乾燥シイタケをお持ちになりませんか?」
「まあ、嬉しい。息子達にも食べさせたいと思っていたのよ。実は今回の旅に付いてきた侍従や侍女にも購入してはどうかと言われたくらいだったの。キノコだけじゃなくて、新鮮で美味しいバターや卵を使ったお菓子も」
「まあ、ありがとうございます。では、お土産に色々用意させてもらいますね。乾燥キノコはこれから種類を増やす予定ですので、気に入っていただけたら今後ご用命下さい。夏が過ぎれば、お菓子類もお届け出来ます」
「まあ、あなた、なかなかの遣り手ね。本当ならその手腕を国の為に…」
「夫人、ファルコールが潤うこともこの国の民の為ですわ」
「そうね。王都へ戻ったら早速お茶会でここでのことをお友達にお話ししておくわ。身も心もリフレッシュできる素晴らしいところだと。ただ、侍従や侍女選びには気を付けなければならないけれど」
「侍従や侍女の方から何か不満がありましたか?」
「まさか。その反対よ。彼等にはご褒美になったようよ。だから、頑張ってくれている者達を選ばないとね」
ナーサの話では、夫人が連れてきた侍女がここに来て数日後から体調が良いと言っていたそうだ。
仕事で来ているのだから、夫人が病人を連れてきたとは思えない。ということは、体調というのは自然の摂理を表しているのだろう。
思い当たるのはキノコ類多めの食事やヨーグルト。きっと快腸につながったのではないかと薫は思っている。
それは侍女だけでなく、この館に滞在している全員が何となく感じたことだろう。
湯を貯めなくてもいつでも入れる温泉もある。好きな温度を選んでゆっくり浸かることで血行も良くなったはずだ。
「夫人、明日の朝食にはミックスキノコとチーズが入ったオムレツをお出ししますね」
「まあ、ありがとう、楽しみだわ。ここはパンの種類も色々あって、どれも美味しかったわ」
キノコもパンも実はイービルのお陰。パンを作るときの酵母も菌の仲間だったので、薫はバーデンバーデンを目指す為にドイツの黒パンが出来る酵母菌を出したのだ。今はまだ目指すパンとはちょっと違うものばかりが出来てしまうが、その内カボチャの種やゴマやヒマワリの種を入れた本格的なものを作りたい。
キノコに関しては最初のうちはマイタケやヒラタケの菌と一つ一つの種類の菌を出していた。それらが無事に生えてくると、薫は次にポートベロマッシュルームになるまで良く育つ菌と願ったのだ。菌が出来る条件は薫が願うことなのだから。
更には、前世でも人工栽培がなされていなかったポルチーニ茸の菌を願った。序にマツタケとトリュフも願おうと思ったのだが、この二つは採るのが大変そうだったので諦めた。それでもいつか、試してみたいとは思っている。
ポルチーニ茸は菌を撒いたいくつかのところで無事に生え始めている。このまま上手くいけば夫人に話したように高級乾燥ポルチーニ茸を作る日も夢ではない。この世界にはまだない乾燥ポルチーニ茸。きっと王都でファルコールの良い稼ぎ頭になってくれることだろう。
その為にも、このホテルにやって来る貴族達に味を知ってもらいファンになってもらわなくてはと決意を新たにしたのだった。




