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失敗…。
この国で最も高い女性の地位に就くことを約束されていたスカーレット。それはスカーレットが望んだのではなく、決められたこと。けれどその約束は褒美のようにただ差し出されるのではなく、様々な制約の上にあるものだった。その中にはアルフレッドへの献身もあったことだろう。妃としてアルフレッドをどう支え、最悪の場合には犠牲になるという。
その中でスカーレットにどういう恋心が育ったのかサブリナには分からない。どんな恋心があったのかは。けれど、約束は十年後に婚約破棄という方法で破られた。
これをスカーレットの失敗というにはあまりにも酷だ。しかし相手がこの国の王子では、何が原因でも防げなかったスカーレットに非があったと表向きは見做されてしまう。徐々に明らかになった現実を知ろうとも。
アルフレッドとの婚約から婚約破棄まで。この経験をしたスカーレットが言う失敗とは具体的になんだろうか。
関係の破綻、約束を破られること、周囲への期待に応えられなかった自分。…何を指し、何を恐れているのか、加えて間違いとはどういうことか教えて欲しいとサブリナは思った。
「あなたの言う失敗は何?」
「…相手を信じられないのに、信じようとして…、自分を失ってしまう、ううん、失ってしまっていた」
スカーレットも自分を失っていたのだろうかとサブリナは思った。つい最近までサブリナがそうであったように。サブリナとジャスティンの関係のあり方を間違いと呼び、結果の離縁を失敗と見做したのだろうかと。そうだとすると、婚約破棄という失敗に辿り着いたアルフレッドとスカーレットの関係も間違いだったことになってしまう。
「あなたは自分を失うのが怖くて、恋が出来ないと思っているの?」
「…そうなのかもしれない。けれど、どんな状況からでも自分を取り戻すという冷静な判断をあなたが出来ると証明してくれたから…、だから」
「スカーレット、あなた賢いのにお馬鹿さんなのね。でも仕方ない。たった一人を信じて、他に何の経験もないのだから。まあ、それはわたしも同じだけれど。ねえ、言い訳のように聞こえてしまうかもしれないけれど、わたしの結婚生活は失敗ではなく経験だわ。それに離縁は失敗を断ち切り終わりにするものではなく、途中で進む道を変えるようなものなの。わたしはそう思った」
サブリナは敢えて明るい表情で離縁に対する考えをスカーレットに話そうと思った。失敗ではなく成功だとまではいかないにしても、次を見据えたからこその決断だと伝える為に。スカーレットに対し、本来は言えるはずのない『お馬鹿さん』と軽口をたたいたのもその為だ。
「考えてみて、世の中には誰一人として誰かと全く同じ人間はいないわ。だから、新たな誰かとの関係は全てが初めてのこと。あなたが殿下と経験してきたことを一から十まで繰り返すことは絶対にない」
「ええ、…そうね」
「ただ、経験は残る。でもその経験も他の人に同じように通用するとは限らない。新たな関係においては多少参考にするとしてもそれだけ。相手が違うのだから。あなたが名前を挙げた二人だって、今迄生きてきた過程が違うのだから考え方や行動パターンが同じということはない。ねえ、どうかしら、興味を持った人を知るチャンスだと思って恋をするのは?」
「知るチャンス?」
「そう。わたしはジャスティン様をこれ以上知りたいという興味が無くなってしまっただけ。もしかしたら十年後にもっと違う考えを持って、わたし達の関係は良い方向へ進んだかもしれない。でも、そこまでの気力は続きそうにないと感じたの。だから別の道を探す。その為の手続きが、わたしの場合は離縁。そしてあなたは婚約破棄を受け入れるということだった」
急にこんな話をすることになったサブリナにはスカーレットから渡された報告書のような準備は何もない。ただ妹のように大切な存在のスカーレットに臆病になり過ぎて欲しくないという一心で語りかけたのだった。
「それにね、わたしが自分を取り戻した過程をあなたは高く評価し過ぎだわ。決心するまでに、あなたが助けてくれたじゃない。殿下とのことはおいそれと誰かに相談は出来なかっただろうけど、その二人ならばあなたが信用出来る人に話を聞いてもらえばいいのよ」
「相談…」
「そう。でも、相手は選ばないといけないわ」
「サブリナお姉様は聞いてくれる?」
「勿論よ、あなたに楽しい毎日を送ってもらいたいもの」
サブリナはふと過去を思い返した。侍女だからとオリアナに服装や化粧を相談していた自分は如何に滑稽に見えていたのだろうかと。特にジャスティンと夜を共に過ごす前などは。




