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「そんな顔をしないでサブリナお姉様。言いたいことは分かる。でもね、サブリナお姉様が知っているのは、王都での二人の評価。デズに関しては、とても不名誉なね。勿論、わたしも理解している。人が人を評価するには何等かの基準や理由が必要だと。そしてジョイス様の最近のものは過去においてのわたしへの言動が理由なことも」
分かっていても止められないのは、サブリナも見たことがある夜会の豪奢な照明で美しく輝くデズモンドのあの妖艶な笑みのせいなのだろうかと思った。そして夢をどこまでも見させてくれそうなその瞳に捉えられ、心を躍らせるような言葉を耳元で擽るように囁かれてしまったら。仮令デズモンドが一時の恋を楽しみたいからだと分かっていても、ぐらつかない女性など皆無だろう。
ジョイスだって、スカーレットへの言動が広く知られる前は透き通るブルーダイヤモンドのような美しさだと殊の外若いご令嬢達の間で騒がれていた。ご令嬢達はジョイスの持つ冷静さやその冷ややかな視線が故にブルーダイヤモンドと評し、その瞳に温かさを届けるのは自分でありたいと願った。普通ならば家督を継ぐことはないと言われている三男。しかし、ジョイスの美しさや今後彼が得る王の最側近という地位は、後継者ではないことなど完全に打ち消していた。
「デズは国の外れのファルコールに従者のリアムだけ連れてやって来た。王都では恋多き男性として知られているデズなのに。そして、仕事に打ち込んでいるの。しかも空いている時間にわたしからの依頼も行っているわ。もしもデズが女性との恋を楽しみたいならば、仕事に打ち込んで余った時間に他の町へ遊びに行くとかしそうなものなのに。流石にファルコールでは立場的に難しいでしょうから」
言われてみれば確かにそうだとサブリナは思った。しかも今は社交シーズン。デズモンドが最も光り輝く時期だ。子爵としての顔つなぎの為にもと、仕事の都合をつけ王都へ戻ってもおかしくない。
「人は様々な顔を持っている。本当の顔を隠す為にいくつもの作られた顔を使い分けることもあるわ」
「…そうね」
スカーレットが話しているのはデズモンドのこと。しかし、サブリナにはそれは同時にジャスティンのことにも思えた。
「だから、怖かった。今わたしが見ている顔も実は偽物だったらどうしようって。少し前にジョイス様がファルコールにたまたま立ち寄ったの。わたしを問い質した時とは違う表情で謝罪されたわ。でも、それも過去を無かったことにする為の作りものの表情だったら…」
サブリナの選択、それはこのままオランデール伯爵家に嫁として残るか離縁するか。簡単なのは残ること。貴族社会で離縁をすることはその先を見越せば女性には悪いことでしかない。その一大決心がスカーレットの恋、恐怖を乗り越えることに繋がったのだろうとサブリナは理解した。
「離縁も悪くないわね、あなたに素敵な恋を届けるかもしれないのだから」
「ごめんなさい、そうじゃないの。わたしはあなたから学んだ、正しい情報があれば間違えてしまった時に立ち止まって、引き返せると。二人とも最低な選択肢だったときに…、失敗しなくて済むと」




