172
サブリナの後ろ姿を見送りながら薫は大きく息を吐き出した。後はサブリナが提供された情報を元に今後どうしたいか決めるだけ。
キャストール侯爵家の力を使いオランデール伯爵家を調べた薫に、サブリナがそこまでしながら最後をどうして決めてはくれなかったのかと言った気持ちは分かる。でも、男女のことは理屈で分かっていてもどうにもならないものだ、薫がそうだったように。
客観的に見るまでもなく、サブリナはオランデール伯爵家を出るべきだ。報告書を渡し、サブリナに目を通させ、その流れで薫が言うべきだった言葉は間違いなく『早く離縁した方が良い』ということ。けれど、そこでサブリナがその言葉に同意したとしても無意味だった。今までのサブリナの言動から、その同意はただのポーズで、中身の伴わないものに違いなかっただろうから。そしていつか、サブリナの頭の中では薫の『早く離縁した方が良い』という助言が、別れさせられたという言葉にすり替わる。怖いのはその反動。中でも本当は別れたくなかったという気持ちからジャスティンを再び求めてしまうことが最悪のケースだ。
だからこそサブリナが決めなくてはならない。薫の予想は五分五分の可能性もなく、離縁しないが有利といったところだが、そうだとしてもサブリナが決めたことならばそれで良い。その選択の上で、最善を尽くすまで。確かに予想される結果から考えると、薫、ひいてはキャストール侯爵家には面倒しかなさそうだが。
それでも報告書を読み終わった直後のサブリナが離縁はしないと言い切らなかったことから、多少は可能性があるように思える。
可能性…。
狡いようだが、薫はサブリナの答えに自分自身のとある可能性を賭けていた。これが利になるのかも分からないようなことを。しかも意気地がないことに、分の悪い方に賭けていたのだ。
だから驚いた。サブリナの選んだ結果に。しかも何日も掛かると思っていた結果が、たった一日で出たことに。
「サビィ、教えて。どうしてその結果に辿り着いたのかを」
「そうね、報告書の前半だけだったらこの結果ではなかったと思う」
薫同様、サブリナも報告書の途中に引っ掛かる部分があったようだ。一体何がサブリナの目に留まったのか薫は知りたいと思った。
「こんなに早く結果が出たということは、あなたにとって決定的なことがあったのね」
「決定的…、というよりはどうしようもないことがあったと言うほうが正しいかも。面白くない話だけれど、聞いてくれる?話すことで、わたし自身気持ちの整理が出来そうだから」
ファルコールにやって来てから一番理性的に話すサブリナに、薫は小さく頷いた。




