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薫が今いる世界は、新米の未熟な創造主が流行りの悪役令嬢断罪ストーリーの小説を元に練習がてら作成したもの。一定のところまで問題なく進めば、後は創られた人間達がその先を切り開いて行く。
が、事細かな人格等を一斉に付与する力が新米創造主にはまだ無かった。そこで、創造主からイービルへこの世界にとって重要な存在であるスカーレットへ妬み等の悪意をたっぷり植え付けるよう依頼があったのだ。
その名もイービル(悪、邪悪)は、人の心に悪や不道徳を植え付けることで退屈な毎日を面白可笑しく過ごしている存在。イービル自身はそうすることに何の躊躇いもない。何故なら世の中の全員が善良だったら、世界は詰まらない、それがイービルの持論。世の中を楽しくするために、ちょっとしたエッセンスを振り撒くのがイービルの楽しみであり役割なのだ。
因みにイービル以外にも特別な才能を植え付ける者、善良な心を育てる者など様々な者が存在している。しかし、創造主が何か依頼するのはイービルが圧倒的に多かった。
これには理由がある。人の弱っている心には、簡単に悪を植え付けられるからだ。また、悪にまみれた人を見ると、人はそれを嫌悪し善良であろうとする。善良な心を育てる者に願う必要がなくなるどころか、人は自ら強い道徳心を育てていくのだ。
問題は、悪意を多く持つ者の傍にいる心弱い人間。イービルが何かする必要などなく引きずられてしまうことが多かった。
では、何故そのような者達が存在しているのか。
それは、創造主には人格以外にも国の歴史やら個人の記憶を一斉に作り上げなくてはいけないからだ。齟齬があってはいけない部分へ注力し、後付けでなんとかなりそうなものは彼らの力を借りる。
だからなのか、出来上がったばかりの世界では多くの誤算が付き物。この世界ではキーパーソンの一人であるのに、スカーレットが大誤算となってしまった。イービルが様々な仕打ちに対し弱っているであろう心を狙ったにもかかわらず、スカーレットは折れることを知らない。それどころか強く誇り高くあろうとする。
誤算はイービルにも降り注いだ。こともあろうか、スカーレットに好意を寄せてしまったのだ。弱ったところへ付け入ることで悪を植え付けるはずが、惹かれてしまった。
いつしかイービルはスカーレットの前に姿を現し、どうすればこの状況から脱せるのか説明したのだ。シシリアを妬めば楽になると。どうせ、世界は変わらないのだからと。
「イービル様、わたくしは創造主様が描いた最後の日まで自分を持ち続け、もがきます」
「それではスカーレットの心が壊れてしまう。悪いことだと思わず行えば、それはスカーレットの中では正義になる」
「いいえ、出来ません。わたくしを大切に育ててくれた両親の為にも自分の矜持を守り抜きます」
「俺はもう耐えられない、スカーレットが苦しみ悲しむのを見続けるのは」
「可笑しな話に聞こえるでしょうか。わたくしはこうやってあなた様と話す時間はとても楽しいのです。イービル様はいつもお優しいから」
「優しくなんて、ない。仕事もまともに熟せない阿呆だ」
が、イービルはどうせ仕事が熟せないなら阿呆ついでにと、とんでも無い話をスカーレットに持ちかけた。