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デズモンドはキャリントン侯爵からどのような指示を受けたのか話すだけでなく、実物の手紙まで見せたのだった。
「とても綺麗な文字を書く方なのね、侯爵は」
文字の綺麗さなどどうでもよいことにキャロルの目は向いているようだ。そしてそれこそがキャロルの気持ちなのかもしれないとデズモンドは思った。キャリントン侯爵はどうでも良い存在なのだと。
薫が文字は人なりという言葉を思い出し、キャリントン侯爵の人物像を思い描いているとは勿論デズモンドは気が付かない。
「テレンスはとても絵が上手いの。キャリントン侯爵家は何かを書くことに秀でているのかしら」
更に手紙の内容よりもキャリントン侯爵家という家名からテレンスを思い出し、のんびりと他者の良いところを褒めている。これが底の知れないスカーレット・キャストールの魅力の一つだろうかとデズモンドは考えた。けれどそのキャロルの表情を窺いながらケビンとノーマンは思案顔。この先の展開を考えているのか、キャロルの真意を探ろうとしているのかは分からないが。
「この素晴らしい文字と内容からキャリントン侯爵は自信家ね。その自信を持ち続けてもらうことが重要だわ」
「はい、侯爵は自信家で間違いないと思います」
キャロルの言葉に相槌を打ったケビンがデズモンドを見た。この視線は補足があるならしろということだろう。
「自信も実力もある方ですよ」
「こうなると問題はダニエルかしら。事前に話したいところね。プレストン子爵のところには何時に着くか分かる?」
「午前中には到着すると」
「では、次期キャストール侯爵にファルコールの重要施設をその日の午後に視察してもらいましょう。先ずはプレストン子爵からマーカム子爵へ移った国境検問所から。当日は国境検問所のデズの部屋へ連れてきてもらえばいいわね。そこでわたしもダニエルを待つわ。いいかしら、デズ?」
「勿論。ただ、俺のところにはリアムしかいないからキャストール侯爵ご子息に気の利いたもてなしは諦めてくれよ」
「クッキーくらいはわたしが持って行くから大丈夫。問題はダニエル、ひいては殿下の意図ね。それにキャリントン侯爵は、わたし達がどんな話をすると予想しているのかしら。自信家の侯爵は予想が合っているか確認したいということ?」
じっと手紙を見つめていたキャロルはそこまで考えていたのかとデズモンドは思った。デズモンドもまたキャリントン侯爵が知りたいことは、ダニエルがスカーレットに何を話すか。それも、アルフレッドからの伝言一点だと思っている。王都へ戻って来て欲しいという。だからこそ、キャリントン侯爵はスカーレットの傍にデズモンドを置きたいのだ。
キャリントン侯爵はスカーレットが表舞台に姿を再び現すことを由としない。国の外れのファルコールでこのまま過ごしてもらいたいと思っていることだろう。でも、ダニエルの顔を見たら現実を知ることとなる。現侯爵からダニエルの代になれば、スカーレットがファルコールに居続けられるかは分からないという。アルフレッドの言葉にしないメッセージは、『二重国籍という保険があるのだから安心して王都へ戻ればいい。行使する際はキャストール侯爵と共にだろう。そうなるようなことを自分はしない』、そして声にする部分は『そろそろ王都へ戻ってきてはどうだろうか』、そんなところだ。
デズモンドが知るのはファルコールでのキャロルだけ。妬ましいことに、アルフレッドには十年以上のスカーレットと共に過ごした時間がある。全てを言葉にしなくても、いくらでも方法があることを知っているのだ。
若しくはアルフレッドに元婚約者を心配する余裕が出来たのか。それならばキャリントン侯爵の推測は完全なお門ちがい。ただ、デズモンドを苛つかせることは間違いないが。
キャリントン侯爵の手紙も、アルフレッドも、弟という立場のダニエルも、全てがデズモンドを苛つかせたのだった。それでもそんなことはおくびにも出さず、キャロルへの優しい笑みをデズモンドは浮かべ続けた。




