ファルコール手前の町6
あと少し。何かが狂うまでは、日々朝の挨拶を交わしていた実の姉の顔を見るまでは。
しかし、会って貰えるのか、言葉を交わして貰えるのかという疑問がダニエルを襲う。そしてそれは疑問から不安へと姿を変えた。
避けることはとても簡単で、同じ邸に暮らしているというのに顔を合わせないようにしていたダニエル。知らず知らずのうちに、避けることがダニエルには当然になっていた。そんなダニエルに、顔を合わせる機会があれば声を掛け続けてくれたスカーレット。けれどダニエルはその度に、気のない返事か視線で話す意思はないと返し続けた。
会わないように、話さないように、先に行動を取ったのは他でもないダニエルなのだ。
そのダニエルと二重国籍証明書を届けに来たからといって、スカーレットは会って話をしてくれるだろうか。いくらアルフレッドが直接スカーレットに手渡すようにとダニエルに命じたところで、病気だと言われてしまえばダニエルには為す術がない。
アルフレッドが作ってくれた大義名分があってもダニエルはこんなに不安を抱えている。それなのに、スカーレットは何故あそこまで態度が悪かったダニエルに話し掛け続けることが出来たのだろうか…。
それは、ダニエルと話すというスカーレットの強い意思の表れだったのかもしれない。
今度はダニエルがスカーレットと話したいという意思を見せる番だ。その意思をどう示せばいいのかは分からないが。
分かるのは、今のこの歪んだ関係では天気の話すら出来ないこと。書類を届け、受領印をもらうだけにならないようにしなくては。
また朝の挨拶を交わしたい、大好きなスカーレットから以前と同じように接してもらいたい。
継がなければいけないキャストール侯爵家。その大きさに押し潰されそうになるダニエルにスカーレットの優しい手を差し伸べて欲しいのだ。間違っていることを正し、良いことを誉めて貰いたい。甘えだとは分かっているが、ダニエルがこの世で唯一安心して寄りかかれるのはスカーレットしかいないのだから。
ファルコールは遠すぎる。これがダニエルとスカーレットの距離そのもの。朝の挨拶も寄りかかることも出来ないこの距離が。
後悔、悲しみ、様々な負の感情が溢れ出そうになった丁度その時、ダニエルの部屋を事務官が訪ねてきた。
「ダニエル様、お支度は整いましたか?」
「はい。今、行きます」
負の感情に支配されている場合ではなかった。今は町の様子を見ることが重要。この日もダニエルは事務官達と町にある労働者が集まりそうな食堂に入った。
そこで聞こえてきたのは、温泉という言葉。最近はファルコールに近いこの町の者達が、温泉というものに浸かりに行くそうだ。ファルコールの者以外は料金を支払わなければならないが、金を払ってもその価値はあると話している。
しかもそこには見目麗しい医師がいるという。
ダニエルはそこで邸で盗み聞きした内容を思い出した。見目麗しい医師は隣国の身分に関係なく生きて行きたいという公爵家三男ではないかと。あの時の騎士達はその生き方はスカーレットも同じと言っていた。
今のスカーレットを知る為にもその医師に会ってみたいとダニエルは思った。




