とある国の離宮6
マリア・アマーリエは困ったような笑みを浮かべた。テレンスは何故かその顔に惹かれたのだった。今までのマリア・アマーリエの完璧と言えるアルカイックスマイルではなく、人間らしさがほんの少しだけ垣間見えた顔に。
「テレンス様、あなたはどちらを取る、片方は自分の意思で何でも掴み取りに行ける未来。もう片方は失うものしかない未来」
「その二つならば、当然前者です」
「良かった、あなたが常識人で。わたくしがあなたに期待することが何かはこれで理解してもらえたわね」
「はい。わたしは前者を取ります。あなたに求婚するという」
「駄目よ、それでは後者を選んだことになる」
「違います。わたしの意思で掴み取る未来です。殿下、わたしがこの国に来る前に犯した間違いを聞いていただけませんか?」
「間違い?」
「はい。大切な幼馴染の心を傷付け、彼女を王都から追いやった話です。気持ちの良い話ではありませんが」
「でも話すからには、そこにあなたの選択に繋がる何かがあるのね」
テレンスは頷くとマリア・アマーリエに自国の貴族学院であったことを話した。どうしてもテレンス目線での話になってしまうことを断った上で。ジョイスが卒業した後は、特にスカーレットへの当たりが強くなったこと、そこにあったテレンスの心理なども事細かく。
「でも、あなたはそのご令嬢を大切な幼馴染だと言ったわ」
「はい。本当に大切な幼馴染だったのです。わたしの心に寄り添ってくれる。そして人の心が分かるからこそ強い人でした。彼女はずっと一人で戦っていたのです。でも、どんなに強くても一人で戦うのは大変だったでしょう。全てが終わった時に心を壊しました。いえ違いますね、ずっと心は壊され続けていたのでしょう。どんなに心が強くとも、一人で戦い続ければ至る所に外傷が付き続けます。せめて一人でも傷を見つけては手当をする者がいたら結果は違っていたでしょうが…」
「あなたは深い後悔をしているのね。でも、それがどうわたくしへの求婚へ繋がるの」
テレンスは更にマリア・アマーリエへ求婚することとなった経緯も全て話したのだった。ここに辿り着くまでの心境の変化も含め。
「あなたは困った正直者なのね。だけど、わたくし、あなたはいらないわ」
「殿下、仰る通りわたしは困った人間なのです。先ほど申し上げた二人で生きる未来を思い描く為に、どうかわたしを婚約者にしていただけないでしょうか」
テレンスは無駄に高かった矜持を捨ててみたのだった。




