王都オランデール伯爵家15
時間の猶予がないことにジャスティンは焦り出していた。
今まで全て上手く行っていたというのに、何故このタイミングでこんなことになってしまったのか。貴族学院でサブリナに白羽の矢を立てた時から、ジャスティンの計画が狂うことは無かったというのに。
子爵家の令嬢のくせに成績優秀なサブリナ。外国語、算術は特に素晴らしいという話が耳に入る度にジャスティンは忌々しく思っていた。よりによってジャスティンが苦手とする教科を得意とするとは嫌味にしか思えないと。
優秀な成績を鼻に掛けそれこそひけらかしてくれたなら、子爵家出身だから行いが卑しいと貶すことでも出来ただろうが、サブリナはそんな人物ではなかった。誰かが困っていれば、手を差し伸べるような優しい女性だったのだ。
それならばその優しさをジャスティンにも差し伸べてもらえばいい。切っ掛けはそんな思いからだった。
『ありがとう、助かったよ、リッジウェイ子爵令嬢』
『お役に立てたなら何よりです』
親切なサブリナはある日ジャスティンが仕掛けた罠にまんまと嵌った。ジャスティンを助けることで、底なし沼に足を踏み入れてしまったのだ。
助けてくれた礼にと贈り物を渡し、恐縮するサブリナにそれでは男性が入り難い店に一緒に行ってくれないかと洒落た店へ連れて行く。そんなことを繰り返すうちに、ジャスティンはサブリナにとり一番仲が良い男性の友人というポジションを築き上げていった。
婚約を結ぶには、子爵家の割にはリッジウェイ子爵家に力があり伯爵家としての圧が掛け辛く思いの外時間を要したが、それ以外はほぼジャスティンの思惑通り進んでいったのだった。
『面白いくらいにシナリオ通りで、勉強しか出来ないお馬鹿さんなのかもしれないと思える』
『でも、悔しい。その女はジャスティンと外を堂々と歩けるなんて』
『仕方ないだろ。母は俺に貴族の娘以外を娶ることなど許さない。それも伯爵家以上の爵位でないと』
『だったらその女は、条件に合わないじゃない』
『だからいいんだよ。オランデール伯爵家に嫁いできたらサブリナは母にたっぷり躾けられる。それに、母が実家から連れてきたあのメイド長も子爵家出身なんだ』
『悪いのねぇ、ジャスティン。可哀そう、その女。メイド長からも事細かに指導されるんじゃない。ふふ、面白そう』
『ああ、だから俺だけが優しくしてあげないと。俺の言うことに何でも従うように。そうだ、オリアナ、サブリナが来たらおまえが侍女になれるようメイド長に伝えておいてやるよ』
『なんでわたしが世話しなきゃならないのよ。顔も見たくないのに』
『オリアナが好きなように世話出来るチャンスをあげようと思った俺の優しさを理解しろよ』
『ふふ、そういうことね』
ジャスティンの恋人は取引先の商家から奉公に来ているオリアナ。可愛らしく人懐こいが、ジャスティンの隣に立つ決定的な条件、貴族の娘を満たしていない。商家の娘なので金もちょっとした伝手も持っているというのに、絶対に妻として迎えられない女性なのだ。しかし手放すには惜しい存在。
だからオリアナにはサブリナは都合がいいだけの妻にすると伝えた。本当に愛しているのはオリアナだけだと。ジャスティンはオリアナのどうにも出来ない自分の立場への苛立ちやサブリナへの嫉妬心まで利用しようとしたのだ。
様々な要素が絡み合い、真っ黒な泥濘を作り、サブリナが抜け出せないようにしたというのに…。
これでは困るのだ。ジャスティンは再び父と話し合う時間を設けるようにと執事に言い渡したのだった。




