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急いで手紙を書くというツェルカが去ると、気を張っていたのだろう薫の緊張の糸はプツリと切れた。そして思っていたことを小さな声で呟いていた。
「デズモンドがとても素敵に思える…」
ケビンとノーマンは仕事柄耳がとても良い。勿論、呟く程度の薫の声を聞き洩らすことはなかった。
「ジャスティンという男の話を聞いたからそう思うだけです。デズモンド・マーカムが素敵と表せるかどうかは…」
「素敵よ。少なくてもどの女性とも上手く関係を断ち切れているのでしょう。わたしは酷い切られ方をしたからそこは評価が高いの。それに誘われた女性が頷いてしまうのは、束の間でも素晴らしい時間をデズモンドなら提供してくれると分かるからだわ」
ケビンもノーマンも『酷い切られ方』が何を表しているか知っているだけに、それ以上は何も言えなくなってしまった。十年も婚約者だったアルフレッドからたった一言でその座を追いやられたスカーレットの心の傷が如何ばかりかと思うと尚更だ。
実際に酷い断ち切られ方をしたのは、本物のスカーレット。前世の薫は断ち切られることが無かったから、酷い目に合い続けた。だから、薫が素敵だと評したのは、デズモンドが無駄に相手の時間を奪うことなく別れることだった。
それに別れ方が上手いから、次の相手が出来るように思う。最悪な別れ方や揉めたのならば、女性から女性に噂話が簡単に回って行く。どんなに顔が良くても、貴族令嬢が危険過ぎるものに好奇心で近付くことはないだろう、余程のチャレンジャーではない限り。
そんなことを薫が考えていると、ケビンとノーマンの表情がとても心配そうなものに変わっていった。ここは話を変えなくては。
「ところで同じ男性から見て、ジャスティンはどうだと思う?」
「サブリナ様の様子からは、黒ではないかと。まあ、探ってみないことには、分からない点が多いのも事実です。家ぐるみの可能性もありますし。ただし、ファルコールへ送ることを決めた当主以外の家ぐるみでしょうね」
「そうね。だったらオランデール伯爵の耳元へ囁いてもらいましょう、直系の子孫に伯爵家を継がせるのが良いと」
「そこは閣下に依頼しましょう。誰に囁いてもらうのが効果的か選んで欲しいと」
「先ずは事実確認ね。でも、結果が分かる前から準備は進めましょう」
「分かりました」
こういう時はワーストシナリオに対応しておかなければいけないと薫は常々思っている。楽観的に考えていると、悪いことが起きた時に落胆から何も出来なくなってしまう。
そうなるとツェルカの手紙に対する前リッジウェイ子爵夫妻からの返事も重要だし、早めに貰いたい。きっと夫妻はサブリナに居場所を提供してくれるだろう。けれど、その場所こそファルコールが良いのではないかと薫は思った。
両親の傍ではなく、王都から離れた知り合いのいないファルコールの方が。




