155
大学で学んだ専門分野。卒業後誰もがその専門分野に関わる仕事に就けるという保証はない。教育学部の友人は、教育実習後免状だけ取り普通に就職した。教育実習費用まで支払い、時間を掛けたというのに。彼女は自ら専門分野へは進まなかったのだ。それに、会社に来ていた派遣の女性も元は保育士だったとか話していたのを覚えている。
薫も同様に学科とはあまり関係ない道に進むしかなかった一人だが、今は就職先どころか世界が違う。けれどこの世界にも立場や性別の違う様々な人がいて、社会を形成している。前世とは異なる倫理観や社会観、それに法律ではあるが。
大学も学生が社会に出てからの為に、一般教養科目を用意している。流石に異世界理論や、異世界生活準備学等は無かったけれど。与えられた科目の中で薫が選択したのは、美術館実習があるから取った現代美術論。第二外国語のドイツ語。科学的考察力学や統計学と授業料を無駄にしないよう少しでも興味が持てそうなものは全て履修した。しかし、今になって心理学を深く勉強してこなかったことを後悔するとは。
心理学は一年の前期に入門的位置付けの概論を選択したが、二年次に他の授業と被り深堀する授業を取れなかったのだ。
多少なりとも専門的知識があれば、目の前にいるサブリナの助けになったかもしれないというのに。
だからと言って何もしないわけにはいかない。手法も何も分からないが、サブリナを支配している考えを知らなくてはいけないと薫は思った。
「サブリナ、教えて、ジャスティン様はあなたをどう大切にしてくれているの?」
薫が思い付いた方法はこれだった。サブリナが信じているジャスティンをサブリナの目を通して知ること。
「わたしに居場所を与えてくれるわ」
サブリナはジャスティンの妻、伯爵家で過ごすのは当然のこと。けれど、サブリナの言い方に何かが引っ掛かるように薫には思えた。
「サブリナは普段伯爵家でどこに居るの?」
引っ掛かっていることを取り出す為に、薫は問答を繰り返すことにしたのだった。
一度に多くの質問ではなく、一つ一つをクリアにしていく。疑問に思ったことは、サブリナの言葉を上手く使いながら掘り下げて。まるで小さな子供になったように薫は『どうして~なの?』と質問し続けたのだった。
そして分かってしまった。サブリナが常態的に睡眠不足気味だった理由も、居場所がどこだかも。伯爵夫人やクリスタルがサブリナをどう扱っていたかまでも薫は知ってしまったのだった。
傍から見たらおかしなことばかり。けれど、その中に居続けたサブリナにはもうその判断が付かなくなっている。あの夢の中のサブリナがどうやってこの世界から抜け出したのかは分からない。でも、あの時もサブリナはジャスティンの妻という位置に納まっていた。
近くで控えていたツェルカが声も出さずに涙をながしているのが痛々しいと薫は思った。ジャスティンのことを話すサブリナの表情とはあまりに対照的過ぎて。




