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「酷いことを言わないで、スカーレット。婚約破棄されたあなたには分からないことがあるのよ、夫婦の間には!」
「ええ、そうでしょうね、夫婦なのだから。だから教えて欲しかった、わたしはサブリナに言い返して欲しかった、そんなことはないって。それなのに、あなたはわたしの言葉が酷いと言っただけ。ねえ、それって、あなた自身が認めているってことじゃない?」
「認める?何を?わたしはいつもみんなに言っている、わたしは大切にされているって」
「大切って便利な言葉だわ。でもね、理解とは違うわよ。サブリナ、お願い、何があなたを苦しめているの。わたしはあなたを理解したい」
「わたし達は何もかも違う、だから理解なんて無理。わたしはあなたみたいに領地の隅で楽しく暮らせる身分じゃないの。わたしは、ジャスティン様の傍に置いてもらうしかないのよ。子爵家出身の要領が悪く何も出来ない嫁だと邸内で言われようと。だってジャスティン様は大切にしてくれるもの。それにお義母様もジャスティン様が大切にしているのだからと、諦めず教育をして下さるわ。でも離縁でもされたその日には、石女で役に立たないから伯爵家から追い出されたと陰で言われるしかないの。そんな惨めな娘をお父様やお母様に持たせたくないでしょう。勿論、そんな惨めな娘を邸に迎え入れてくれなんて言えないわ。もうお兄様達の代になっているし」
様々な言葉がサブリナを苦しめ、縛ってきたのだと薫は理解した。前世で薫もまた母子家庭と父親がいないという言葉に怯えていたように、サブリナも伯爵家の中で子爵家出身だから満足に何も出来ないと言われることに恐怖していたのだ。しかも、サブリナの場合は使用人達からこれ見よがしに邸内で囁かれていた。
前リッジウェイ子爵夫人は困っているサブリナを見捨てるような人ではない。現にサブリナが今ここにいるのは、娘を心配した夫人の表情から始まったこと。
悪意ある囁きの中で過ごしたているサブリナに優しい言葉を掛けるのはジャスティンだけ。その内サブリナにはジャスティンの言葉が全てになり、それしか信じられなくなったのだろう。もしもジャスティンがサブリナに『子供が出来ないことや、嫁として仕事が出来ないことを両親に泣きつけば、二人はサブリナに失望するに違いない』とでも言われていたら…。
何をどう言われていたかは今の段階では分からない。けれど、確実に言えることをサブリナに伝えなければいけないと薫は思った。
「サブリナ、聞いて。あなたをここに招待する切っ掛けはあなたのお母様よ。わたしがあなたのことを尋ねた時に、表情に一瞬の陰りがあったの。あなたの言葉を聞いていても、何か不安を感じていたからよ。あなたが大切にされているサブリナという仮面を被っていても、夫人は本当の姿を見ようとしていた。それこそ心配して理解しようとしていたってことじゃない。分かっているでしょ、どうして夫人がツェルカを同行させたのか」
「お嬢様、奥様は離れていても昔と変わらないサブリナお嬢様の良き理解者ですよ」
「違うわ、子供を産めないわたしの気持ちなんてお母様にも分からない」
ジャスティンなのか、伯爵家そのものの遣り方なのかは分からない。けれど、サブリナが支配されていることは確実なようだった。




