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スコットがケレット辺境伯領へ向かったその日の午後、デズモンドがリアムと共にキャロルに会いにきた。
「届いたよ、夜空の星が」
国境検問所の仕事はどうしたと聞きたいところだが、デズモンドの色気たっぷりの笑みを見せられてはそんなことはどうでも良く思えるのだから不思議だ。分かっていてこの笑顔を見せているデズモンドは、やはり油断できない人物だと薫は思った。そしてその笑顔は、目を逸らせないどころではなく引き込まれてしまう恐ろしい人物でもある。
「開けてみて。新作を注文したんだ、スカーレットに素敵な星を見せてあげたいってメッセージを添えて」
「ええっと、冗談よね?」
「どこに冗談の要素を感じたのか、俺にはさっぱり分からないな」
しれっと薫に疑問を呈するデズモンドの口元は楽しそうに見える。その顔すら大人の色気が溢れていて、殴られたわけでもないのに薫はクラクラしそうになった。
そして箱を開けるとそこにはデズモンドが言った通りの素敵な星が。いくつものレモンシトリンがベルベットの夜空を照らしていた。
「気に入ってもらえるかな、夜空に住むお姫様に」
「きっと、月には恋をしないと思うわ」
「それは良かった」
「ありがとうデズ。こんな素敵なものを用意してくれて。それに宝飾店への偽装工作も。見て、宝飾店もこんな気の利いたメッセージカードを付けてきたわ」
薫はデズモンドに『沢山の輝く星をあなたに。是非、王都の夜空をその星でまた照らして下さい』と書かれたカードを見せて微笑んだ。
「なかなか上手いことを書くな、宝飾店も。でも、知らないようだ、このリボンを贈られる女性こそ輝く星だと。星を髪に飾らなくても、夜の王都で一際輝く存在だというのに」
「…」
良くそんな言葉がさらっと出て来るものだと感心しながら、薫はついデズモンドを見つめてしまった。デズモンドの台詞の引き出しはどうなっているのだろうかと。
「そんなに見つめて、俺をどうしたいの?」
「えっ、別に、ちょっと驚いただけ。前にも言ったけど、わたしにそういう言葉は不要よ」
「キャロルは本当に分かってないなぁ。そう言われたから、本当のことしか言っていないのに」
デズモンドと話すとどんどん深みに嵌りそうだと薫は思った。こういう時は不自然でも話を変えるしかない。
「ところで、デズ、リボンは誰が届けてくれたの?」
小さいとはいえレモンシトリンが付いたリボン。王都からファルコールまでどうやって運んできたのだろうかと薫は気になった。一番安全な方法はマーカム子爵家の者がデズモンドに届けること。しかしそれはキャリントン侯爵家の手の者である可能性もある。
「安心して、キャロル。この星は宝飾店と信頼関係がある商人が運んでくれたものだ。彼らは互いに信頼と金で結び付き商売をしている。子爵家の誰かに頼むよりは確かだよ。まあ、ファルコールまでの街道は安全だから運び易いというのもあるけど。因みに俺がマーカム子爵家の使用人で信用しているのはリアムだけだ」
短い質問だったのに、全てを察して答えてくれたデズモンド。美し過ぎる顔や、デズモンド自身が作りあげた個性でチャラそうに見えがちだが、やはり底が知れないことは確かなようだと薫は思った。




