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「キャロル、今、少し話せるかな」
「ええ、大丈夫よ」
出掛けたナーサ達と入れ替わるように薫の所へやって来たスコット。騎士宿舎の先にある温泉施設へ行く時に持ち歩いているノートを抱えているということは、そこから戻ってきたということだろう。
「住民達に入浴効果の聞き取り調査に行っていたの?」
「うん。この時間はお年寄りが定期馬車でやって来るから、色々聞けて助かるよ。温泉の効果もさることながら、皆さん僕からの質問に備えて自分の調子を色々気にしているようだ。温泉とは関係ない質問も出てくるよ」
このエリアは町からは少し離れている。そこで、騎士宿舎の掃除人や料理人には今まで朝晩の送迎馬車があったのだが、温泉施設が出来たのを機に便数を増やした。すると、やって来る住民達も徐々に増えたのだった。特にお年寄り達には医師のスコットの存在も魅力的らしい。
当初、馬車を含めた運営資金の全てを薫は自己負担するつもりでいた。しかし、ある時からそれに気付いたキャストール侯爵がファルコールの税収入で運営するよう全てを整えてくれたのだ。それに施設の管理も私兵から専任の従業員になり、新たな仕事を生んだのだった。
しかもその従業員は町の宿泊施設の関係者。これはファルコールがただの国境通過前後に滞在する町から温泉のある町となり滞在者を増やしていきたいという関係者の気持ちだ。言うなれば、この世界にはない宿泊関連業界組合的なものが観光資源の保全を請け負ったというところだろう。
そのうち銭湯のコーヒー牛乳ではないが、薫はここで牛乳やイチゴピューレを入れたイチゴ牛乳を販売するのも良いのではないかと思っている。またもやバーデンバーデンとは関係ないが。
「スコット、ここに座って少し待っていて。ホットミルクを作ってくるから」
「ありがとう、キャロル。でも、僕も手伝うよ」
「ありがとう」
スコットの親切心と共に飛び出す笑みは心臓に悪いと薫は思った。薫は今のスコットのスタイルにとても弱いのだ。ドミニクと共にやって来た時と違い、今回の滞在でのスコットのスタイルは開襟シャツにズボンとサスペンダー。サスペンダーベルトがしっかりと体に張り付き、大きく開いたシャツの胸元はとてもセクシー。スコットにその気はなくても、デズモンドと張り合っているのではないかと思う程だ。
お育ちが頗る良いスコットのラフな格好が、薫の心臓を狙い撃ちした。
開襟シャツから見える鎖骨に見とれているのを気付かれないようにしながらホットミルクの支度が終わると、薫は食堂の片隅でスコットの話を聞き始めたのだった。




