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ケビン達との話し合いを終わらせた薫は、早めに夕食の準備を始めた。今夜もサブリナに手伝って貰う為だ。簡単だけど豪華に見える食事にはそれなりの準備をしなくては。
「ケビン、しっかり混ぜて最後に丸くしておいて。出来たら最後にここに入れて、上に布巾を掛けておいて」
「ナーサはわたしとトマトソースを作りましょう」
今日の夕食はピザ。ソースと具材を乗せれば、後はオーブンが仕上げてくれる。しかも、生地には『美味しいナポリ風ピザが出来るドライイースト菌』を入れた。あの食感がこのファルコールでも楽しめるはずだ。ナポリ風としている段階でまたバーデンバーデンから遠のいてしまうが、ドイツ人がピザを食べないなんてことはないだろう。ドイツの鉄血宰相の名が付けられたビスマルクピザがあるくらいだ。
イギリスの鉄の女が卵料理を好きだったかは知らないが、ドイツの鉄血宰相とは何となく食べ物の好みが合うかもしれないと薫は思った。
それに、畜産研究所のサラミやチーズを活用するにはピザはもってこいの一品だ。今まで作らなかったことが不思議になるほど。今はまだオーブンで作るが、いつかピザ窯が作れたらもっと良いと薫は思った。耐火煉瓦で作れるというネットの記事を見た記憶があるから出来るはず。最初は何となく作れば、こういうものは誰かがどんどん良くしてくれるだろう。
「今、わたし達が作っているものの仕上げをサビィがするのですか?」
「ええ、そうよ。みんなで楽しみながら仕上げが出来るの」
「粉とトマトが楽しくなるっていうのは想像が…」
「そうだ、今日の夕食にはデズ達を呼びましょう。この料理は準備さえしてしまえば、後は楽だから。サビィを紹介する良い機会になりそうだし。キッチンの改装が始まるしね」
「ノーマン、後で国境検問所へ連絡してきて。夕食に招くって」
「…分かりました」
「もう、そんな顔しないの。良い関係を築いて上手くやって行きましょう。実際、デズは凄く役に立ってくれているし、今後も役に立つはずだから」
薫が意味する役に立つは、キャリントン侯爵対策と農作物の試験。それに美しさは目の保養だし、気障な物言いは分かっていてもつい嬉しくなってしまう時がある。おイタさえしなければ、デズモンドは今のところ総じてプラスの存在だ。
しかし、この日の夕食にデズモンドを招いたことが、違うことで役に立つとはこの時薫は思いもしなかった。そして、またもや偶然が織りなす芸術にデズモンドが登場するとは。




