王宮では29
時間を掛け積み上げてきたものが崩れるのは一瞬だった。そう、崩れるという現象だけにフォーカスするのであれば。
しかし、その前段階として、積み上げる重さのバランスを偏らせることもあっただろうし、どこかに小さな亀裂が入り徐々に大きくなっていた可能性もある。けれどどうにか積み上げていたものならば尚更、崩れた後に元に戻すことは出来ない。
偏りや亀裂を見つけた時に修復しなければならなかったのだ。しかも、長い時間を掛けて積み上げた分だけ、似たような状態に戻すのにも多大な労力が必要になる。
それがどこかの道が陥没したというレベルではなく、国に関わることならば尚更。労力がいくら掛かろうと早急に対応しなければならない。
「パートリッジ公爵へこちらの気持ちは伝わるだろう。ジョイスが戻ってからの短時間で多少修正をさせてもらったがほぼ要望を呑んだという内容を送ったのだから」
「調印式への招待という名目ならば、公爵も使節団を送り易いはずだ。後はその使節団に誰が含まれるか知らされれば、こちらとしても何について隣国が話し合いたいか想像が容易くなる」
「ああ、そうだな」
「最大で三月と言ったが、アルが俺を必要としているのはそこ迄、という理解で合っているか?」
「王子のアルフレッドとしてなら、その理解で合っている。でも、その肩書のない俺ならば違うけどな」
「…やり直せるならば」
「その先は言うな。『過去が変えられない以上、違う過去を想定した未来は来ない』と言ったのはジョイスだろ」
確かにそうだったとジョイスは思った。けれど、ジョイスが戻りたい過去はアルフレッドが思う数年前ではない。もっと前、まだアルフレッドの側近になる前だ。
スカーレットへの気持ちがどういう種類のものなのか知らない頃に戻りたかった。好きになってはいけないと言われ、反対の嫌いになれば良いと思うのではなく、『だったら守ろう』若しくは『支えになろう』と前向きに考えるよう自分自身を修正したかった。しかし本当に違う過去を想定した未来は来ない。
「そうだな。俺達にあるのは反省を生かした未来だけだ」
「ああ、同じ失敗は繰り返せない。正直なところ、失敗すれば多くを失い、疲れることが良く分かったからな」
アルフレッドの言葉にジョイスは何と返していいか分からなかった。立場上、アルフレッドは多くを手に出来る。しかし、シシリア、ジョイス、テレンスのように絶対に切り捨てなければならない時もある。
「言い忘れていた。キャストール侯爵からは許可を得たが、スカーレットの二重国籍証明書は長期休暇に入ったらダニエルに届けてもらうことにした。二人にとって大切なものを失わせない為に。姉弟の間に亀裂が生じたままでは良くないだろう」
その言葉の真意を聞きたいとジョイスは思った。聞いたところで、教えてはもらえないと分かっていながらも。




