隣国セーレライド侯爵家1
渡りに船、本当に丁度良いタイミングだとセーレライド侯爵は思ったのだった、キャリントン侯爵からの招待状は。
三年くらい前から取引を開始したオランデール伯爵家と今後の取引の条件見直しをしたいと思っていたのだが、それを理由に訪問しては警戒されてしまう。しかし、主たる目的があり、その序に挨拶の為立ち寄ると伝えれば本当の理由は気付かれ難い。
更には、自分にとって様々な意味で大切だった侯爵令嬢と婚約破棄をした王子を持つ王家の様子も窺いたかった。先日、晩餐会の招待主であるキャリントン侯爵の次男がセーレライド侯爵領を通過したのもそれが理由だろう。国交が無い国へ婿候補として出向いたのは。
残念ながら次男のテレンスがセーレライド侯爵邸に滞在したのはたった一泊。先を急いでいるので仕方ないが、仮令二泊したとしても侯爵が欲しい情報は漏らさなかったことだろう。若い割には、上手く誘導してもボロを出すタイプではなかった。こちらの国の言葉を流暢に操り、躱されてしまった。
そんなテレンスが側近だったのに、侯爵令嬢と婚約破棄をした王子。気になるところだ。しかも、王族が絡むからか、当時の情報に箝口令が敷かれているようで、隣国のことだというのに詳しいことが分からない。
分かることといえば、侯爵令嬢の父親、キャストール侯爵は王家と今までよりは距離を開けたこと。実は侯爵令嬢には全くの非がなく、陥れようとした貴族学院の院長を始め教師が処分されたことなどだ。
その処分の中には王子にすり寄った女子学生のことも含まれていたはず。
「旦那様、リーサルト様とトビアス様がいらっしゃいました」
「通してくれ」
「畏まりました」
侯爵はオランデール伯爵家から訪問の了承を伝える手紙が来ると、早速二人の息子を執務室に呼んだのだった。今回表向きは、長男のリーサルトを伴い侯爵はキャリントン侯爵家を訪問することになっている。しかし、次男もまた連れていくことにした。
「オランデール伯爵家からは訪問を歓迎するとの手紙がやって来た。リーサルトは新たな契約内容を練るように」
「はい」
「それで、トビアス。侯爵家の娘は?」
「はい、こちらとは反対側の国境沿いへ向かってから一度も王都へは戻ってきておりません。あちら側ならば、亡き御母堂の国の傍ですから、安全だと考えたのでしょう」
「あのキャストール侯爵の娘だ、やはり賢いようだな。トビアス、おまえは隣国に入ったら我々と別行動をし、情報収集をするように。侯爵家の娘を切ったことで、隣国で何か不足しているものはないか特に調べろ」
「はい」
「王家で教育を受けていた娘だ、我が家で取り込めると良いのだが…。トビアス、時間が掛かっても良い、可能ならば接触を試みろ」
セーレライド侯爵はスカーレットの価値を良く知っていた。取り込めれば、キャストール侯爵だけでなく更にその先のパートリッジ公爵まで繋がると。




