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オリハルコンの女~ここから先はわたしが引き受けます、出来る限りではありますが~  作者: 五十嵐 あお


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王都とある修道院2

「クリスタル様、伯爵家の方が院長室にお見えです」

メイドからの知らせに、クリスタルは修道院へ来てまだ二日目なのにどういうことだろうかと院長室へ向かった。そして目に映ったのは一昨日クリスタルに迎えにくるのは一月後だと伝えた執事だった。


「お嬢様、旦那様から伝言を預かって参りました」

「お父様から?」

「はい。隣国からお客様をお迎えするので、その時は邸に一時お戻り頂きたいとのこと。既にその手続きは完了しております」

「分かったわ」


クリスタルとしては一時と言わず、もうこのまま帰りたいところだ。第一、クリスタルにはここにいる意味がない。


「こちらは旦那様から仰せつかったものです」

「何、これ?」

「はい、絹のハンカチと絹糸です。こちらに奉仕活動の合間で構わないそうですので、刺繍をするようにとのことでした。贈る相手は隣国セーレライド侯爵家のリーサルト様です。隣国の文字を美しくデザインした飾り文字でイニシャルを入れるだけでいいそうです」

「一つ確認させてもらえるかしら。その方はお見合い相手ではないわよね」

「詳しくは存じ上げませんが、オランデール伯爵家の取引先のご子息です」

「そう、分かった。気が向いたら、考えておくわ。考えるだけ、刺繍なんかしない」

「お嬢様、旦那様のお言い付けをお守り下さい」

「だからここにいるじゃない。これ以上は望まれても無理」


いくらクリスタルが断っても、話し合いは平行線。執事は絹のハンカチと絹糸を置いて去ってしまった。クリスタルが正直に望まれても無理だと打ち明けたというのに。

それに言葉のニュアンスは若干違うが『刺繍は出来ない』とも言ったはずだ。ここではクリスタルは品評会に出すような刺繍は出来ない、サブリナが居ないのだから。


次期伯爵夫人として跡継ぎを産めないサブリナに、クリスタルは親切心から役割を与えていた。伯爵令嬢の手という。その手がないのだ、刺繍など出来るはずがない。クリスタルの言葉からどういうデザインをすればいいか考え、手を動かすのは全て役立たずのサブリナの仕事だというのに。

しかもリーサルト・セーレライドなんていう名前を言われただけでは本当に困る。隣国の言葉は漸く辞書を引きながら読み書きするクリスタルなのに、名前の綴りなど分かりようがない。それも『L』なのか『R』なのか、『S』なのか『C』なのか。隣国の貴族年鑑まではカバーしていないクリスタルにとって、引っかけ問題のような名前だ。これは金を握らせて誰かに解決させるような問題ではない。


昨日、金で手懐けたメイドにお願いしたのは、木綿のハンカチに適当にワンポイントの刺繍をする人間の調達。メイドの知り合いに良い小遣い稼ぎが出来ると数人集めて欲しいと伝えたが、流石に隣国の文字が刺繍出来る人間は無理だろう。


こんな時に邸に居ないなんて、サブリナは本当に使えない嫁、役立たずだとクリスタルは思った。どうして子供が出来ないのに、ジャスティンはまだ邸に置き続けてあげているのだろうかと。

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