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初日に続き泣き崩れてしまったサブリナ。そのサブリナを寝台で休ませてから、薫のいる食堂に現れたツェルカは深々と頭を下げた。先程のサブリナの発言を子爵家からやって来た者として謝罪しているのだろう。爵位という階級が存在している社会だ、ツェルカはどんな罰でも自分が受けるという表情を浮かべている。
何てもどかしいのだろう。サブリナの今の状態も、何も出来ない自分達も。そう、ツェルカと薫は同じ船の上でどこへ向かうべきか足掻いているのだ。
「ツェルカ、謝罪はいらないわ。わたしはサブリナお姉様の本音が聞けて良かったと思うくらいだもの」
「ですが…」
「お姉様はわたしが話し相手ではなく、憂さを晴らす相手が欲しいと思っていたのね。しかも、自分が選ばれたのは伯爵家の役立たずで、婚約破棄されたスカーレットよりも不幸だからと考えていた節があるわ」
スカーレットの記憶にあるサブリナはそんな考えを持つ人物ではなかった。それがそうなってしまったのならば、周りの環境がそうさせた可能性がある。第一、伯爵家の役立たずという卑屈な表現は、サブリナの生家である子爵家で生まれるはずがないのだから。
六年という月日。決して短くはない。サブリナはその長い月日の中で考え方が歪み、卑屈になっていった。
けれど、ここでもまた謎なのはジャスティン。サブリナがそのような状況でも、伯爵家で過ごし努力を続けたのは見初めてくれたジャスティンの存在が大きいだろう。でも、ジャスティンはサブリナにはあまり似合わない化粧や、きつく締められたコルセットを黙認していた。それによって貴族学院時代のサブリナとはかけ離れてしまったとしてもだ。
更に謎を深めるのは石女という言葉。伯爵家の中で使用人達がサブリナの陰口を言う時に使っていたのだろうが、本人が知っているとなると距離的に近い者が言っていた可能性が高い。それは不妊で悩むサブリナの腹部をこともあろうかきつく締める侍女やメイドだ。
ジャスティンだって伯爵家を継ぐ者。可能性がある妻の腹部を締め上げるそれを見て何も思わなかったのだろうか。
「そうだ、ツェルカ、やっぱりあなたに罰を与えるわ」
「はい、何なりとおっしゃって下さい」
「先ずはわたしのクローゼットからサブリナお姉様に似合いそうなワンピースを一枚選んで、それを必ず着せた上で今夜の夕食から食堂でここの家族と一緒に食事をさせて。勿論あなたも同席するのよ。その前に、あなたからここでのお約束事項を伝えてちょうだい」
「お約束事項?」
「わたしの名前」
ファルコールの毎日を明日から知ってもらおうと思っていた薫だったが、考えを切り替えた。時間はたっぷりあるだろうが、待つ必要などないのだと。
「あの、それでわたしへの罰は?」
「明日はナーサと共に町へ出て服の生地を選んできて。それでわたし達の服を時間がある時に作って。あなたがすべき罰よ、それが」
「それでは罰にはなりません」
「いいえ、似合う服を作らなくてはいけないのだもの、大変な罰だわ」
「…ありがとうございます」
「それと、名前のことはわたしからも伝えたいから、少し早めに食堂にサブリナお姉様を連れてきて。ちょっと考えていることがあるの」
「畏まりました」
伯爵家の環境がサブリナを今のように作りあげてしまったのならば、ファルコールの館での生活が上書きをすればいい。
薫はそう思いながら、夕食のメニューを考え始めたのだった。




