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オリハルコンの女~ここから先はわたしが引き受けます、出来る限りではありますが~  作者: 五十嵐 あお


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「ご無沙汰しております、サブリナお姉様」

「お招きありがとうございます、キャストール侯爵令嬢」


薫の掛けた言葉に対し、サブリナの話し方と表情は硬いものだった。ツェルカが事前に教えてくれていた、これが伯爵家の嫁としてのサブリナなのだろう。

傍に控えるツェルカを薫が見遣ると微かに頷き肯定している。


でも、今はその伯爵家の嫁という仮面を少しでも早く脱ぎ捨てて欲しい。薫がサブリナをファルコールに呼び寄せたのは、心穏やかに過ごしてもらう為なのだから。昭和漫画の名作ではないが、仮面がガラスで出来ていれば叩き割ってしまいたいところだ。


「サブリナお姉様、どうか昔のようにわたくしと接してはいただけませんか。楽しかったあの頃のように」

「ですが、わたくしは伯爵家の嫁、侯爵令嬢といくら幼い頃に親しくさせていただいたからといって」


仮面は残念ながら、腕の良い職人に打たれた鉄のようだった。


ファルコールにやって来るときにはケビン達へ使った伝家の宝刀『侯爵令嬢の命令』。しかしサブリナへは絶対に使うべきではないだろう。これだけの短い会話からでも、サブリナの中にしっかりと階級意識が埋め込まれているのが分かるのだから。

でも、どうすればサブリナにもっと気楽にしてもらえるのか。


否、待てよ。前世で薫は陰でオリハルコンの女と呼ばれていた。ゲームがどうとかは知らないけれど、会社の子達の話ではオリハルコンはとても固い素材というヤツで、これでアイテムを作ればものすごく強いとか。


薫が使うのだ、宝刀の刃はオリハルコンで出来ているに違いない。そうであれば、どんなに腕の良い職人の鉄仮面をも一刀で真っ二つに壊せる気がする。だからここは正攻法だ。今の二人にとって共通の話題となるクリスタルで攻めてみようと薫は思った。サブリナが伯爵家でクリスタルからどのような言葉を掛けられていたのか尋ねれば、仮面の下の表情が多少は見えるような気がした。それが、辛いでも悲しいでも何でも良い。ただ、本当の気持ちを知れれば。


「ところでオランデール伯爵令嬢のクリスタル様はお元気ですか?わたくし、貴族学院では同学年でしたの」

「ええ、侯爵令嬢とクリスタル様は同い年でしたわね。クリスタル様は、その」

義理とはいえ妹になったクリスタルにサブリナは敬称を付けて話すのが薫には不思議でならない。ファルコールでは薫は『さん』ですら取り払ってくれと周囲にお願いしたというのに。


「サブリナお姉様はクリスタル様を普段からクリスタル様と他人行儀にお呼びになっていらっしゃるのですか」

「あっ…、他人行儀のつもりはないけれど、素敵なレディだからついクリスタル様と呼んでしまうのね」

素敵なレディ…、スカーレットの記憶からはそうはあまり思えないクリスタル。強いて言うならば、品評会に出展するほどの刺繍の腕前は素晴らしいので、作品は素敵だが。


「わたくしは貴族学院でクリスタル様に嫌われていたようで良い思い出はありませんの。何がいけなかったのかしら」

「貴族学院のことは分からないけれど、クリスタル様も反省されたみたい。実はわたくしがファルコールへ向け出発した数日後に王都にある修道院へ奉仕活動に向かわれたはずよ」

「奉仕活動…」

「ええ。オランデール伯爵家としてはスカーレットお嬢様への気持ちを少しでも示せればと思って。わたくしも誠心誠意務めさせていただきます」


いけると思った共通の話題クリスタル。呼び方からサブリナも恐らく仲は良くないだろうが、仮面を壊す切っ掛けにはならなかったのだった。

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