123
サブリナの荷を解き身の回りの世話を終わらせたツェルカが食堂へやって来ると、共にここまでやって来た御者達もいた。そして茶を飲んでいる。
「ツェルカさんもこちらへどうぞ」
「はい、キャロル様、いえ、キャロルさん」
「ふふ、キャロルでいいわよ」
「あの、わたしのことも是非ツェルカとお呼び下さい」
ツェルカはどう見ても前世の薫の年齢プラス15歳以上。そんな目上の人を呼び捨てにするなど、元日本人の薫にはかなり高いハードル。飛び越えようがものなら、足を引っかけてどこかの腱を伸ばしてしまいそうだ。しかし、ツェルカは子爵家の使用人でスカーレットは侯爵令嬢、いくらキャロルと名乗っていようとそれは変わらない事実。
先ずはこちらから垣根を越えなくてはいけないだろう。
「じゃあ、ツェルカ、教えてちょうだい、あなたの好きな食べ物と嫌いな食べ物を」
「わたしの好き嫌いですか?サブリナお嬢様ではなく」
ツェルカが不思議そうにここ数日で顔見知りになった御者達の顔をみると、皆がコクリと頷き返した。彼らは既に同じ質問をされ、答えたということなのだろう。
薫はその遣り取りを確認すると、答え合わせのように全員に食事の参考の為に尋ねていることだとツェルカに伝えた。そして、サブリナの好き嫌いも確認したのだった。
「今日は何がいいかしらね、ナーサ?」
「ジャガイモとベーコンのグラタンと鶏肉を揚げたのでどうでしょう?騎士の皆さんがあの鶏肉の料理を食べたがっていました!」
「そうね。それにパンとチーズとサラミを添えれば良いわね」
「キノコペーストもお願いできますか?」
「ええ、分かったわ、ノーマン」
「あの…、もしやキャロルさんもお料理を、するのですか?」
「ええ、そうよ」
「そんな、でしたらわたしが準備を」
「グラタンに入れるジャガイモもニンジンも土をしっかり落として薄切りにするだけだから簡単なのよ。それに、今ではケビンとノーマンもちょっとしたことは出来るから」
薫のその言葉にキャストール侯爵家からやって来た護衛二人が反応した。
「ケビン殿達に!でしたら自分が」
「もう、あなた達はしっかり休んで。ここは隣に騎士宿舎と詰め所があるから、とっても安全だもの。それにもう温泉の説明は受けたでしょ。いつでも入れるから、食事前にさっぱりするといいわ」
「ですが」
「明日はお仕事をお願いするから、今日だけよ、しっかり休めるのは。ね、だから今日くらいは休んで」
サブリナがいないのは残念だが、折角なのでと薫は既に面識があるだろうがこの時間を利用して全員を紹介した。そして、自分のことはキャロルと呼んで欲しいと再度付け加えた。
「偽名で暮らす為に、キャロルと名乗ったわけじゃないのよ。ミドルネームのキャロラインを縮めただけだもの。ただ、新しい生活に合わせてみんなと仲良く暮らしたいのに、いつまでもスカーレットお嬢様では見えない壁に隔たれているみたいでしょ。だから、まずはこの三人に王都を出てからキャロルと呼ぶようにお願いしたの。でもね、今ではこれが結構いい働きをしてくれていて、とっても都合がいいのよ。わたしはここでキャロルとして気楽な生活が出来るし、スカーレットお嬢様には引き続き人目に付かず病気療養してもらえるし。まあ、ここにいるのはみんなと仲良く暮らしたいキャロルだってことでよろしくね」
聞いていた全員は、『スカーレットお嬢様のことだ、先々を読んでキャロルと名乗り出したに違いない』と勝手に解釈してくれていた。それらしい理由を色々言った薫が、ただ四十に手が届く自分をお嬢様呼びされるのが辛かったのが始まりだとは勿論誰も気付きようがないのだから。




