王都とある修道院1
サブリナがオランデール伯爵家を出発した三日後。この日はクリスタルが奉仕活動の為に修道院へ向かう日だった。
王都にあるその修道院は隣に孤児院が併設された王家が管轄する施設だ。その為、クリスタルの様に奉仕活動名目で貴族家の令嬢がやって来る施設でもあった。特に子爵家や男爵家のような下位貴族家は、滞在費という名の寄付金を納めても奉仕記録名簿に家の名前を乗せることが出来るとあって娘を送ることが多かった。ただ、社交シーズン中はまだ貴族学院に入学する前の令嬢しか本来はやって来ないのだが。
「クリスタルお嬢様、それでは一月後にお迎えに参ります」
院長室で全ての手続きを終わらせた執事は、クリスタルに修道院側からの連絡事項を伝えると去っていった。
クリスタルにしてみれば、貴族学院を卒業し本格的に社交活動を開始する大切な時期にこんな所にいたくはない。勝手にそうだと思い込んでいたジョイスとの婚約がなくなってしまったクリスタルには、伯爵位以上の跡継ぎと出会う為の大切な社交シーズンだというのに。けれど父である伯爵の言葉も一理ある。今の世の流れ、特にアルフレッドに近付き過ぎた元カトエーリテ子爵令嬢のシシリアが罰として修道院へ送られた以上、スカーレットを心の病気へ追いやった者は全て悪なのだ。アルフレッドの側近、ジョイスの為に発言したクリスタルも残念ながら悪に加担したことになるのだろう。だからここは父の言葉通り奉仕活動に励む姿勢を見せなければならないということだ。ジョイスの幼馴染というだけでも腹立たしいスカーレットに、少し苦言を呈しただけのクリスタルとしては業腹だが。
「それでは院内をご案内いたします、クリスタル様」
腹立たしいのは事実だが、ここでは好印象を売り続けなければならない。クリスタルは美しい笑みを浮かべ『ありがとうございます』と院内を案内してくれる副院長の後に続いたのだった。修道院内の移動や説明は面倒だと思いながら。
けれど、どんなに面倒でもクリスタルには一つだけ確認しなければならないことがあった。
伯爵がこの修道院を選んだのは王家と繋がりがあるのは勿論だが、貴族家の令嬢を受け入れ慣れているという点もあった。修道女達の部屋とは別に奉仕活動にやって来る貴族家の令嬢用の部屋もあるのだ。しかも、専属ではないがちょっとしたことを請け負ってくれるメイドもいる。
クリスタルのここでの活動は得意の刺繍、それも品評会に出展する腕前の。修道院で行われるバザーに出すもよし、他の令嬢に手解きをするもよし、兎に角その素晴らしい能力を見せつけてこいと伯爵には言われていた。流石はオランデール伯爵家の娘だと言われるようにと。
しかし、そうする為にはクリスタルにはどうしても必要なものがある。その為にも、メイドの控室を確認したかったのだ。
「こちらが、奉仕活動にお越しの皆様にお仕えするメイドの控室です。お急ぎの場合は直接お訪ねいただくことになりますが、通常は依頼をあちらのノートにご記入下さい。二名いるメイドのどちらかが順番に対応させていただきます。ただ、洗濯物回収依頼などは不要です。こちらの用紙に書かれた内容は、多少時間にばらつきはありますが依頼不要で行われますので」
「欲しいものがある時はお遣いに行ってもらえるのですか?」
「必要な物はまた別のノートにご記入いただきます。修道院に出入りしている業者へ依頼しますので、お時間をいただくことにはなりますが」
メイドに買い物へ行ってもらうことは出来ない、それを聞いた瞬間クリスタルは目の前が真っ暗になるのを感じたのだった。




