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薫が社交シーズンにもかかわらずデズモンドは夜会に参加しなくてもいいのだろうかと考えていた頃、当のデズモンドはリアムと男の巣窟、騎士宿舎へ向かっていた。
もっと深い話を寝台の上でしようと誘ったのに、断られてしまったのだから帰るしかない。
「お姫様との会話を随分楽しんでいるんだな」
「ああ、楽しいよ」
「だろうな。でなければ、お茶会程度の報酬でデズモンドがあそこまで話すとは思えない、しかも二人きりとはいえ監視付きのお茶会だっていうのに」
「監視付きか…。俺だって視線の鋭さは違えど王都ではいつだって見張られていたようなもんだ。今更、茶会で監視の目があってもどうってことはないさ」
「夜の帳が下りた時くらいだな、おまえに向けられる視線が無くなるのは」
「それも相手の目があるから大差ない。女性同士が陰でする会話で色々暴露されるんだ、ご要望通りに演じないと」
「違いない。デズモンド様はわたくしにとても優しく接してくれたわ、てな」
「ところで、監視は何か話していたか?」
「いいや、何も。黙々と後片付けをしていた。聞こえてきたのは、皿をしまう場所はどこだ程度だよ」
デズモンドの顔が驚く程美しいように、リアムには優れた聴覚がある。二人が早くから共に行動していたのは、それが理由だ。デズモンドが人を集めその場を去った後、リアムが陰で残された人々が何を話しているのか確認する。以前薫はリアムがちょっとたれ目で人懐こそうな顔がハイエナに似ているのではないかと思ったが、強ち間違いではなかった。ただし、顔がではなくおこぼれを頂く肉食動物という点がだが。リアムのその聴覚で残された情報をきれいに浚っていたのだ。
「信用されているのかどうか…」
「あの二人に関しては分からないけれど、お姫様はおまえのことを結構信用しているんじゃないか。あんな風に話すくらいだから」
「俺達の間には取引がある。取引をするにあたっては多少なりとも信用をし合わないと」
「しかしどんな女でも落とせるおまえがよりによってお姫様を本気で好きになるとはな」
「えっ、俺が、キャロルを…」
「おい、気付いてなかったのか。あんなに楽しそうに話していて」
「否、俺は女性が好む男を演じているだけで…」
「じゃあ、どうして今までのように上手いこと出来ないんだよ。それって、彼女に対しては特別ってことだろ。信用させて、実は侯爵に寝返ることなんて、おまえ考えてないだろう」
デズモンドにとってキャロルと名乗るスカーレットは取引相手。綺麗なだけではなく、話せば楽しいし、知恵も働く大切なパートナーだ、侯爵の裏をかく為の。そして顔や、演技されたデズモンドではなく本人そのものに触れようとする数少ない人物でもある。そんなキャロルなのだから好きかと聞かれれば、勿論好きだと答える。
「リアム、教えて欲しい。特別に好きってなんだ」
「おまえが今まで使っていた好きとか愛しているとは違うってことだろう。後は自分で考えろ」
リアムの答えに、デズモンドは別の好きなど自分の中に存在しているはずがないと思うのだった。




