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サブリナがファルコール手前の町で酷く取り乱す前、薫はデズモンド達を招いての食事会を行っていた。
そこで、ホテルのゲストではないが大切な人物がファルコールの館にやって来て暫く滞在するであろうことをみんなに伝えたのだった。
それを聞いてデズモンドは顔には出さないものの驚いた。本当はスカーレットの侍女であろうナーサ以外、何故か男ばかりが集まるこの場所に女性が来るとは驚きだ、と。
そしてそれが、オランデール伯爵家に嫁いだサブリナ・オランデールだということにも。よくもあのジャスティン・オランデールがサブリナを送り出したものだと驚いたのだ。
しかしここで貴族社会、とりわけ夜会でのサブリナとジャスティンの様子を知るのはデズモンドだけ。スカーレットからお知らせ程度に知らされた内容に反応する者は誰もいなかった。
それよりは、皆、次の内容にすぐさま気が持っていかれたということもあるだろうが。デズモンドとて、その問題は聞き流すわけにはいかないものだった。
スカーレットの説明によるとキッチンと食堂の改装を既に依頼したとのこと。そこまでを聞いて隣国からの四人は今後の食事を心配したのだろう。町まで食べに行くのは仕方がないが、この旨い食事が食べられなくなるのは残念だと。デズモンドにいたっては週に一度だけとはいえ、スカーレットと食事をする機会がなくなってしまう。ガタイがいい騎士ばかりの中で暮らすデズモンドにとって、この時間が一服の清涼剤だというのに。
皆がそれぞれ残念な目をしているというのに、スカーレットは嬉々として改装後はどうなるのか楽しそうに話している。
「ねえ、キャロル、その間の俺との食事会は?」
厳密に言うならば、ファルコールの館滞在者にデズモンドを混ぜてもらう食事会だが、デズモンドには他はいたとしてもいないようなもの。質問の言葉は合っている。
「それなのよ。どうしようかと思って。改築は集中的にやってもらうからデズには影響がないと思うわ。でも、元々暮らしているわたし達は、ホテルの食堂で食事をしようと思って。全員が同じテーブルとはいかないけれど、同じ空間で食事をしましょう。あとね、改築の進捗によっては食事内容が簡単になってしまうかもしれないけど、いい?」
いいも何も、この食事が食べ続けられることに、隣国の四人は大きく頷いた。
「キャロルの今の話だと、先にお菓子とパンを焼く新たな部屋が出来るってことだね」
「ええ、そうよ。パンが焼ければサンドイッチが作れるし、お菓子用のオーブンでキッシュは焼けると思って」
「そこが出来たらスペースも確保されるだろうし、僕にもパンの作り方を教えてよ。今より作るってことは作業する手は多くあった方がいいでしょ。何より勉強したいんだ」
「勉強?」
「ほら、この間話した新たな料理道具のことだよ。料理をしなければどういうものがあった方が良いかは分からないから」
薫はスコットが口先男では本当にないんだなと感心したのだった。パンの作り方を教えてと言われた時には、今後パン職人に教える時の参考にさせてもらおうと企んだ自分の心が恥ずかしくなる程。
しかし、薫には今夜もっと参考にさせてもらわなくてはいけないことがある。その相手はデズモンド。
「デズ、今夜この後お茶を一緒にいただく時間はあるかしら?」
「勿論。こんな美しい女性に夜の予定を尋ねられて断る男はいないよ」
周囲にこれだけ人がいても通常運転のデズモンドに、薫はある種の尊敬の念を抱いたのだった。内容はどうであれ、芯の通った人物だと。




