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昼食休みが終わり、サブリナとツェルカが馬車へ戻ろうとした時だった、侯爵家の護衛が話し掛けてきたのは。
「サブリナ様、お体は大丈夫でしょうか。長距離移動ですから、出来れば体力温存の為に馬車の中でお休み下さい」
「ですが皆様が働いているというのに、いくら馬車の中とはいえわたくしだけが休むわけにはいきません」
「いえ、サブリナ様はファルコール到着後に備えていただかなければなりませんので」
「お嬢様、午後からはそうさせていただきましょう。馬車での長旅というのは、それだけで疲れるものです」
「ツェルカさんもどうぞお休み下さい。出来ればサブリナ様と同じ側の座席にお掛けいただいた方が良いでしょう。傾斜のある道を進むことになりますので」
「ご配慮ありがとうございます」
「ところでサブリナ様、まだお気付きになりませんか?わたしですよ、わたし」
「あなた様は…」
話し掛けてきた護衛はサブリナがキャストール侯爵邸で何度か顔を合わせたことがある人物だった。摘んだ花をスカーレットと共にプレゼントしたこともある。小さなレディと騎士と称して、当時は可愛らしい命令をし、それを笑いながらよく叶えてくれた護衛だ。
「思い出していただけたようで光栄です。昔のようにご要望がありましたら何なりとおっしゃって下さい。これから数日間ご一緒なのですから」
キャストール侯爵もまた前リッジウェイ子爵夫人の言葉に何かを感じ、サブリナが子供の頃に顔を合わせたことがある護衛を付けてくれたのだ。しかも彼は細かいことにも気遣いが出来るタイプ。ツェルカの座る位置への助言もそうだが、何より馬で馬車に並走した際にサブリナの姿を見ていたのだろう、先ずは休むように伝えてくれた。
サブリナとしても実家からやってきたツェルカに言われるよりも、護衛とはいえ侯爵家の人間に言われるほうが頷き易い。ツェルカでは甘やかしと取られることも、侯爵家の人間ならば助言になる。
ツェルカは侯爵が付けてくれた護衛もまたサブリナに優しさを与えてくれる人で良かったと感謝したのだった。
そして初日の宿到着後、ツェルカはサブリナの着替えを手伝う時に驚いた。旅装だというのに、コルセットがしっかり締められていたのだ。更に、化粧を落とすと顔色が悪いことが良く分かった。白粉もサブリナには似合わない赤すぎる紅も、顔色を良く見せる為だけに塗りたくられていたようだ。それも、サブリナが日中に自ら化粧を直してしまうもので、どんどん上塗りされていた。
「お嬢様、明日からはコルセットは止めましょう」
「でも、それでは体形が美しく見えないわ。姿勢も気になってしまうし」
「ずっと馬車の中なのですよ。誰に見られるわけでもございません。護衛の方に言われたように、お休みをしなければ。それにお化粧も変えましょう。お邸にいた時のように、お嬢様の良さを引き出すものに致します」
「それだと…、わたくしの顔では華やかさに欠けるし、顔色も良くないわ」
「そんなことはございません。今夜はコルセットなしでお食事をしっかり召し上がり、疲れを取る為にもしっかり休みましょう。そうすれば、今日よりも顔色は良くなるはずです」
サブリナが昼食をあまり食べなかったのは、締め過ぎたコルセットのせいだったのだろうとツェルカは当たりをつけた。それに、顔色は全体的に良くないが、目の下のクマは特に酷い。普段、しっかり睡眠を取っていないことが窺える。食べる量も睡眠も少なければ、思考力が鈍くなりかねない。
夫人が口にしていた表情の変化があまり見られないというのは、こういうところからきているのかもしれないとツェルカは思ったのだった。




