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オリハルコンの女~ここから先はわたしが引き受けます、出来る限りではありますが~  作者: 五十嵐 あお


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王都オランデール伯爵家11

サブリナが馬車に乗り込むと、不思議なことに家の匂いがすると感じた。そして、そこには懐かしい顔が。

「お嬢様、お久し振りです」

「あなたが侍女なのね、ツェルカ。気を付けて、わたくしはもうお嬢様ではないわ」

「いいえ、わたしには可愛いお嬢様です。奥様からしっかりお供するよう言付かって参りました」

「まあ、お母様も酷いわね。ファルコールまでは長い道のりなのに、ツェルカを遣わすなんて」

「それが、距離の分だけファルコールは良い所だそうで」

「そうなの?」

「それは行ってみてから、確かめましょう」

「駄目よ、ツェルカ。わたくしは観光ではなく、スカーレット様の話し相手というお役目の為にファルコールへ向かうのよ。伯爵家からはしっかりお務めを果たすようにと送り出されたの。まだ社交シーズン中というのに、こちらの方が重要だからと」


馬車の中に居たのはリッジウェイ子爵家に長く仕えるツェルカという使用人だった。前リッジウェイ子爵夫人は、ツェルカにファルコールへ侍女として向かうことは半分休暇で半分はとても重要な任務だと伝え送り出した。その重要な任務とは、サブリナが着ける伯爵家の嫁という仮面を外させること。方法に関しては最悪壊してもいいとも言われている。


そしてツェルカは夫人がどうしてそうとまで言ったのか、短い時間で理解してしまった。役目、務めという言葉が象徴するように、サブリナは伯爵家の人間として話し相手という仕事を遂行しに行くつもりなのだ。子供の頃共に遊んだスカーレットと過ぎし日の他愛ない思い出話に花を咲かせようとは思っていないのだろう。そう、これはサブリナにとって伯爵家の為に成すべきことなのだ。

サブリナに言わせれば『わたくしを大切にしてくれる伯爵家へ報いる為のお役目です』といったところだろう。


「ところでこのクッションは?」

「はい、奥様が長い距離に備えてご用意されました。全て子爵邸から持ってきたものです」

「そう、それで家の匂いがすると感じたのね」


サブリナが馬車に乗り感じた家の匂いとはクッションからするラベンダーの香りのことだった。子爵家では寛ぐスペースに置くクッションのカバーの内側にラベンダーポプリのサシェを入れていたのだ。


母親である夫人には伯爵邸でのサブリナの表情はとても硬いものに見えたようだ。そこで、リラックス効果のあるラベンダーの香りに、子供の頃から知るツェルカを侍女として付けたのだった。更に、夫人はツェルカに極力『大切』という言葉は使わないよう指示も出していた。『大切』という言葉がサブリナの心を縛り付けないように。


そして初日は仕方がないが、二日目以降は以前サブリナがしていたような化粧をするようにも言われている。ツェルカは事前に聞いた時はどういうことだろうかと思ったが、サブリナを前にすれば嫌でも分かる。舞台女優のように何でも塗り過ぎなのだ。白粉も紅も。またアイラインは太く、目尻に至っては思い切り上へ向かって引き過ぎている。意思が強そうに見せる為と言えばそれまでだが、優しい顔立ちのサブリナに似合うかと聞かれれば答えは『いいえ』。本人が持つものを全く生かしていない化粧なのだ。


「お嬢様、先は長いのですからお休みになられては?」

「いいえ、侯爵家の御者に護衛の方までいるのです。眠っている姿を見られてはなりません」


折角夫人が用意した沢山のクッションがあるというのに、サブリナは背筋をすっと伸ばし美しい姿勢のまま午前中を過ごしたのだった。

ツェルカは成る程と思った、確かにここには次期伯爵家当主の嫁がいると。幼い頃スカーレットへお菓子を持っていってあげるのだと笑みを見せたサブリナの面影は消えてしまったようだ。

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