王都オランデール伯爵家9
「そう言えば、最近リッジウェイ子爵家の馬車をリプセット公爵邸の近くで見掛けたと誰かが言っていましたが、新しいご当主が閣下にご挨拶へ?事前におっしゃっていただけましたら、わたくしどもが一日でも早いお目通りを手伝うことが出来たというのに」
話をすり替えるようでいて、その実聞いた話の真偽確認を伯爵は行うことにした。加えて、公爵家と伯爵家の関係をちらつかせておくことも。
ここまでの会話で伯爵は、前リッジウェイ子爵夫人を御し易い人物だと見做したのだ。伯爵へ頼み事をする時は、己の立場を理解し低姿勢。伯爵からの依頼へは、頼んでもらえたことへ感謝するような態度。たかが子爵家の夫人という立場を良く理解しているようだ。
そして読み通り、質問事項には何の躊躇もなくすらすら答える。
「実は、ファルコール旅行へ向かう前に、閣下からキャストール侯爵令嬢を見舞って欲しいと、そして戻ったらどういう状況か教えて欲しいと言われていたもので。どなたかが見掛けたのはその時のことではないかしら」
やはり伯爵は自分の選択が正しかったと確信した。事前にパーラーメイドから聞いた話と照らし合わせ、伯爵は既にリプセット公爵がサブリナのことを前リッジウェイ子爵夫妻から聞いていると考えていたのだ。
嫁に出した以上、サブリナがファルコールへ向かうには伯爵家の承諾が必要。夫妻が公爵へサブリナのことを話したなら、必然的にその話は出ただろうし、伯爵家が反対した場合のことも話し合われたはずだ。せめて社交シーズンが終わってから口添えしてもらえはしないかと。
『伯爵、無理を承知でお願いします、社交シーズンが終わりましたら一週間程サブリナをファルコールへ向かわせることはできませんでしょうか』、あれは夫人なりの今後に向けた対策だったのだろう。
ところが、そんな心配など不要と伯爵家が寛大な姿勢を見せたことで夫人は喜びながら感謝を示した。
当初予定していたリプセット公爵家経由でクリスタルを話し相手に推薦してもらうという案は早々に潰えた。それどころか、伯爵家は急いで詫び状と贈り物をキャストール侯爵家へ届ける破目になってしまった。しかし誠意を見せたところで今更。当のキャストール侯爵家からは受領したという連絡しかやってこなかった。聞くところによると、同じようなことをした家々への対応は一律という。肝心のスカーレットが王都に居ないのだから、侯爵家は受領したとしか言いようがないということだ。
その後、伯爵はあくまでも話し相手候補としてサブリナをリプセット公爵からキャストール侯爵へ打診してもらうことを考えた。しかし、その前にサブリナの母、前リッジウェイ子爵夫人と話すことが出来たのはタイミングが良かった。
スカーレットが話し相手に望んでいた人物がサブリナと確定した以上、当初の予定通りにことを運べば拙いことになっていただろう。伯爵が爵位の高いリプセット公爵の力を借りクリスタルの無礼に対する寛容な許しを得たいと侯爵に圧を掛けたと思われかねないところだった。何せ、侯爵が求めている人物をちらつかせるのだから。
更に、それが世間に漏れるようなことがあれば、公爵の力を借りなくてはならない程の無礼をクリスタルが働いたと取られる可能性もあった。
伯爵家ではあまり役に立っていないサブリナ。しかしこれから多少は役に立つだろうと伯爵は思った、クリスタルの無礼を謝罪する為の贈り物として。
社交シーズンの途中にもかかわらずサブリナをファルコールへ送り出すという選択は、前リッジウェイ子爵夫妻から事前に話を聞いていただろう公爵には好印象を与えるに違いない。そして、謝罪は受け入れてもらえないものの、キャストール侯爵からは多少なりとも感謝をされるかもしれないと伯爵は思ったのだった。




