王宮では28
ジョイスは持ち帰った要望を全てアルフレッドに手渡した。勿論、パートリッジ公爵とジョイス自身が用意した台詞という衣に包んだ上で。
シシリアのことでは大失態を犯したアルフレッドだが、それ以外では王になるべく育てられた男だ、あとは上手くやるだろう。
そう、アルフレッドもジョイスも『それ』以外の問題はない。しかし、『それ』を知らなさ過ぎたのだ。結婚相手を自分で選ぶ権利をほとんど持ち合わせていないジョイス達にとって『それ』、恋は不要だった。経験しても封印しなくてはいけないものだったり、経験しても未知の感覚だったりで対処の仕方が分からなかった。『恋』に不慣れ過ぎたのだ。
アルフレッドは幼い頃からスカーレットと多くの時間を共有し、常に傍にいる存在だと思い込み過ぎてしまったのかもしれない。そのスカーレットを切り離す為に、関係を断ち切る婚約破棄という手段を使った。ところが、その手段は関係だけではなく多くのものを断ち切ってしまった。
甘い考えだと言われればそれまでだが、ジョイスにはアルフレッドが初めての恋を成就させたかっただけ、そして立場が故に失敗した憐れな男だとスカーレットとの再会後は思えるようになった。何故なら、ジョイスもまた恋をどうしたらいいか分からずに、拗らせてしまった男だから。ただジョイスとアルフレッドには大きな違いがある。失敗と拗らせるでは、現状が違うということだ。そしてその対象となるスカーレットも恋を知らない女性だろう。未来の伴侶を幼い内に決められ、そうなるべく育てられた女性なのだから。
ジョイスは王都にいてもスカーレットの為に出来ることはあると動いているが、恋多き男、デズモンド・マーカムは離れていてはどうしようもない。姑息な手段かもしれないが、精々業務を増やすことくらいだ。それはジョイス同様恋を知らないスカーレットに、様々なタイプの恋を知るデズモンドに近寄って欲しくないから行ったこと。それなのに、スカーレットはデズモンドを傍に住まわせてしまった。更には共同で今後事業を行う予定のスコルアンテまで。あのスカーレットが話を持ち掛けた相手だ、スコルアンテは頼れる男なのだろう。今までジョイスがスカーレットに与えることが出来なかった『頼れる』を提供出来る男ということだ。
恋多き男は、恋のクモの巣を張り、頼れる男は、頼りがいのある真綿のクッションでも用意してしまうのだろうか。
そしてもう一人の恋に不慣れな男はどうしたのだろうかとジョイスは思った。
「ところで、テレンスは問題なく出発出来たのか?」
不慣れだと問題を起こす。だからジョイスはつい『無事に』ではなく『問題なく』とアルフレッドに尋ねていた。
「ああ、通過国から通行許可が下り次第出発した。しかし、あいつ、恋文でないにしろ女性に手紙を出したことはないのかってくらい不思議なものを書いたぞ」
「いいんじゃないか、印象に残るのがまずは大切だ」
「だとしたら、あいつの戦略は正しい」
ジョイスには貴族間の恋文は最早ただの手紙にしか思えない。『今度の夜会でまたお会い出来たら光栄です』、そこに恋という熱量があるように思えないからだ。それならば、アルフレッドが不思議なものと評したテレンスの手紙の方がよっぽど熱量がありそうだと思った。印象に残り、会った時に気に留めてもらおうとする方が。
不慣れでよく分からない恋。だったら、テレンスのように挑むしかない。
ジョイスはこの日から、スカーレットに会いに行く日が一日でも早く近づくよう、それまで以上に仕事を片付けるようになった。




