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二カ月後、今までほとんど使用されていなかった館の西翼と呼ばれる部分はホテルへと変化を遂げた。職人達が薫の希望通りに内装を特に丁寧に仕上げてくれたことで、王都の高級ホテルの一室にも引けを取らない素晴らしい部屋となった。これならば、一度泊まればその良さに貴族達が常宿としてくれるだろう。
実はこのホテル、話は遡り薫達がファルコールを目指す道中で決められたことだった。
ケビンとノーマンは最初、不特定多数の人間が出入りするホテルに猛反対。しかし、薫の『今までは王子妃教育で全てを諦めてきた。でも、これからは興味あることをやってみたい。本当の意味で生きていきたい』という言葉に陥落してくれたのだった。
二人が陥落したからと、薫はいい気にならずホテルの目的を今後協力してもらう為にも丁寧に説明した。
重要なのは営利ではなく、ファルコールの為になることだと。勿論、結果として儲けが出れば嬉しいという正直な気持ちも伝えたが。でもそれは先々の話。最初は掛かる費用の方が大きい。
何故なら、出発前に侯爵は使用されているのは東翼の一部だと言っていた。ファルコールの館は、東翼と西翼からなる建物。ということは、使用されていない西翼は傷んでいる部分が多いだろう。
だからホテルにするには壁紙やカーテンが工事段階でまとめて必要になる。勿論、それらを取り付ける内装職人も。
侯爵からは好きなように改築して良い、費用は全て出すという言葉を貰っている。この言葉はスカーレットが快適に暮らす為にというものだろうが、薫はこれを拡大解釈させてもらったのだ。多くの費用がファルコールに落ちることでスカーレットが喜び、楽しく働きながら薫が暮らす為にと。
しかし薫が楽しくても、共に暮らすケビンとノーマンが大変な思いをしてはいけない。だから、宿泊客は事前に侯爵から紹介状を得た人物のみという大切なことも決めた。
ファルコールへ向かう途中に決めたことだったが、薫は早馬で侯爵へホテル運営許可のお伺いを立てたのだった。
工事の手配などはフライング気味で行ってしまったが、完成した西翼をいつもの三人と共に見つめながら薫は決心を新たにした。そして、三人に伝えた、『ありがとう』と。
「お嬢さん、問題があったら直ぐに言ってくだせい」
「あるわけないわ。とっても素敵にしてくれてありがとう」
「引き続き風呂の工事に来てますんで、小さなことでも何なりと」
「ありがとう、親方。そうそう、工事とは関係ないのだけれど、来週くらいに工事に携わって下さっている方達を夕食に招きたいのだけれど、いいかしら?」
「えっと、招くって言われても、御大層な服は誰一人持ってねえんですが」
「いつも通りで大丈夫。皆さんの予定を調整していただければいいだけよ。食材の調達があるから、日にちが決まったら教えて下さいね」
通りかかった親方と薫の会話にナーサはいつものように感動していた。うちのお嬢様、優しいと。まあ、薫にしてみればこんなに素晴らしく仕上げてくれたお礼なのだが。
決意新たな薫はまだ知らない。
この後、大切な決め事を破ることになると。そしてそれが薫にとって大きな転機に繋がると。
ようやくお話を進める土壌ができたような…
長い長い設定の説明にお付き合い下さりありがとうございます。




