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プッツ、と頭の中、そして体の中でも何かがしっかり嵌る音がした瞬間、大神薫は理解した。
「スカーレット・キャロライン・キャストール、本日この場この時をもって貴様との婚約は破棄させてもらう」
(スカーレットはこの瞬間を前に心が壊れてしまったのね。今まではどんな理不尽な目に遭おうと耐えてきたのに…)
「何を惚けた顔をしている。俺の言葉を理解していない振りか。小賢しい。が、ここにいる全員が証人だ。俺は確かに貴様に婚約破棄を宣言した」
(仮にも婚約者であったスカーレットへの言葉がそれなの。言い方もトゲトゲしいし。そもそも、こんな人前で態々貶めるように…。スカーレット、あなた今まで本当によく耐えたわ。だから後は任せて。って言ってもそれなりにしか出来ないけど、頑張るから)
「婚約破棄のお言葉、たしかに承りました。今までありがとうございました」
薫はスカーレットの体に芯からこびり付いている淑女としての振る舞いを余すことなく使用した。例えそれが、自分にとって不都合な婚約破棄へのものだとしても。
「ふん、受け入れるのは当然だろう、貴様はそれだけのことをしたのだから。この場で今までの貴様のシシリアに対する行いを詫びるがいい」
「申し訳ございません、身に覚えのないことには如何様にもすることができません」
「まだ白を切り続けるのか」
(なんて酷い。スカーレットはこの王子とやらの愛しいシシリアには何もしていないというのに。スカーレットがわたしを選んだのはきっとこの理不尽なことへ折れない心を持つせいね)
「殿下、繰り返しますが全く身に覚えがございません。ですが、何か間違いがあるといけませんのでこの場ではなく、正式な書面を侯爵家へ届けて下さいませ。この婚約は王家と侯爵家で取り決められていたものです。書面受領の後、侯爵家として正式な対応を取らせていただきます。では、わたくしは失礼致します。どうぞ楽しい夜をお過ごし下さい」
(貴族学院の修了パーティでこんなことをするなんて私刑じゃない。まあ、全貴族に知らしめるにはちょうど良い機会かもしれないけど。でも、折角楽しみに参加した子達には申し訳ないわね…)
御者は予定よりだいぶ早いスカーレットの馬車寄せへの出現に多少戸惑ったものの、いつものように侯爵家への道を快適に進めてくれたのだった。
一方乗り心地の良い馬車の中で、薫は自分の生が本当に終了してしまったことを実感していた。
イービルという存在から説明されたこと、自分の身に起こったことはとても信じられない。でも、現実だ。現に話は途切れることなく続いている。
しかし、まさか…