隣国パートリッジ公爵家2
二重国籍取得はスカーレットだけではなく、キャストール侯爵も対象というのがパートリッジ公爵の要求だった。しかも、ジョイスが自国へ戻り言うべき台詞まで作られていた。
「力ある者が簡単に姪を窮地に追い込むような国だ、次は窮地どころではなく墓場に埋められては敵わない。万が一の時に直ぐにこちらにやって来て、その後帰国命令を出されるようなことを避ける為の手段だと思って欲しい、とわたしが主張していたとでも伝えてくれ」
「ですが、キャストール侯爵は」
「侯爵は亡くなったわたしの妹を政略結婚にもかかわらず心から愛してくれた。その妹によく似た姪に会えなくなるようなことがあってはならない。万が一の時のこれも保険だ、とでも伝えればいい。何よりそんなことが起きた時にはか弱い令嬢一人ではこの国まで来れまいて」
「畏まりました」
「で、このことの本当の意味には気付いているのか?侯爵も取得した方が良いと言ったのはスカーレットだ」
「今後に備えるということではないでしょうか」
「そうだな、時間が経つにつれ、スカーレットを守るのが難しくならないよう備えたいのだろう。それに侯爵にとっても王家への良いカードになる。いつでも距離を取れると示す為の。ここまで聞いても、君は本当にこのことを実現出来るのか?」
ジョイスは公爵の瞳から挑発を感じた。二重国籍に関し、国へ伝える理由以外の別の意味をわざわざ話したのはジョイスを煽る為だ。今度は本当にスカーレットを守るのかと問うているのだ。今はまだアルフレッドの犬のジョイスに。
「わたしの役目は両国を以前のような関係に近付ける下準備をすることです。閣下達から我が国へ使節団を送ってもらうためにもそのご要望は通します。そもそも我々が不興を買ってしまったのは、閣下の大切な姪御様に無礼を働いたから、先ずはそこから償わなければ」
「そうか、そういう流れにするのだな。では、この我が国民のファルコールでの長期滞在及び労働許可はどう進めるのだ?」
「はい、既におられるケレット辺境伯領の騎士の皆様が管理するという条件を付ければなんとかなると。勿論ファルコールの国境検問所にて滞在者の名簿は更新しますが。こちらは原案にいくつか条件を加えさせて下さい」
パートリッジ公爵がファルコールで自国民達が滞在し易くしたかった理由はケレット辺境伯からの手紙だった。ドミニクがスカーレットから聞いてきた温泉施設や医療補助係養成施設に興味を持ったのだ。特にスカーレットが考えるように、女性達が高度な技術の仕事を身に着けるのは良いことだと公爵も考えていた。
このまま悪戯に隣国との関係を放置しておいても良いことはない。そろそろ落としどころを見つけなくてはと思っていたところに、ケレット辺境伯から丁度良い情報が届いたのだ。とは言っても、今回のこの要求はジョイスの言葉通り下準備に過ぎないが。




