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館の工事費用だってそれなりの額になるだろう。加えて土木工事となると、本来領主の侯爵が発注するようなもの。親方が報酬の支払いを心配するのは無理もない。目の前にいるのは自分の年齢の半分にも満たないような少女なのだ。
薫は部屋の隅に控えるケビンとノーマンへ振り返り、アイコンタクトを取った。自分の身分を明かすという。
「親方の心配は尤もでしょう。館の管理を依頼され他所からやって来たわたしでは信用がないでしょう。ですので、本当のことを話します。ただ、約束して欲しいのです。聞いた後でも、わたしを『お嬢さん』、もしくは『キャロル』と呼びここで聞いたことは他言無用と」
「ええっと、何だか、急に怖い雰囲気になっちまったな。まさか、お嬢さんの素性を知ったらそちらの兄さんがたから監視され、余計なことを言うとあの世へ送られるわけじゃないよなぁ」
「まあ親方、この二人はとても優しいのよ」
裏社会で優しい人と言われる人間程恐ろしいと知らない薫は、言葉と共に微笑んだ。美しい笑顔の薫に、無表情で鋭い眼光を放つケビンとノーマン。親方は本能的に余計な話など聞かないほうが身のためだと感じた。
「お嬢さん、俺は金さえ支払って貰えればいい。お嬢さんの素性より、どうだろう先にいくらか前払いしてもらえないか?」
「分かりました。では、見積もりをしてもらってその2割を前払いしましょう」
親方の要求は発注時に手付金が欲しいという、前世の薫からしたら当然の内容だった。しかし、気前良く2割という薫の言葉に親方は再び言い知れぬ恐ろしさを感じた。
後日薫が手にした見積もりは、この遣り取りのお陰でいい加減なことはないかなり正確な数字となった。加えて親方は作業を行う全員に最高の仕事をするよう発破を掛けたのだった。




