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色々なことが薫の知らないところで蠢き、勝手に進んでくれてはいるが…、ファルコールは今日も安定の平穏な一日を迎えようとしていた。
ゲスト滞在中ということで、後回しになっていたケレット辺境伯から来た騎士三人とスコット、そして騎士宿舎にデズモンドとリアムの部屋を整えなくてはならない。
「ケビン、親方を呼んでもらえるかしら。都合はあちらに合わせてね」
こういう時にケビン達三人はいつも思う。ここではキャロルと名乗ってはいるが、本来のキャストール侯爵令嬢スカーレットならば、呼びつけるのが当然のこと。相手の都合になど合わせる必要はない。毎度のことだが、ナーサは心の中で『なんとお優しい』、ケビンとノーマンは『なんて出来ているお方だ、否、待てそこまで徹してキャロルという女性に扮しているのか』などと勝手に素晴らしい人物像を作りあげてくれているのであった。
当の薫はというと、一歩間違えると幽霊屋敷のようになってしまいそうだったファルコールの館がどんどん温もりを持つことが嬉しかった。東翼と西翼、それを繋ぐ中央棟、部屋数はあるのに実際に使われているのはほんの一握り。使用されていなかった部屋には緞帳のような厚手のカーテンが引かれ、現実から遮るようだった。しかも中に置かれているものは全てシーツで覆われる始末。いくら埃をかぶらない為とはいえ、見事なまでに夜は出そうな雰囲気だった。
「ところで、三人に教えて欲しいことがあるの」
「俺達がキャロルに教えられることなんて…」
「あるわ、沢山。その、キースさんは恋人のサラさんを呼ぶでしょ。他の二人もその可能性があるじゃない。そこら辺のことを知っている?」
「残念ながら」
そうだった、ケビンもノーマンも騎士達を捕まえて恋の話をするタイプではなかったと薫は一人馬鹿なことを聞いたと反省した。
「じゃあ、今後に備えて夫婦用の部屋と単身用の部屋とに整えてもらうのはどう?三人の部屋も直したいところがあったらこの機会に親方に伝えてね。ところで、夫婦用の部屋ってどんながいいかしら?」
「夫婦用ですか…。その俺達三人とも独り身なので」
本当に部屋は余っている。この際だから二つの部屋を、壁をぶち抜いて大きな一部屋にするのも良いと薫は考えた。その為にも親方には主要な柱と壁以外をチェックしてもらわなくては。
それにデズモンド用の試験栽培畑の整備も。
薫は当初大豆が二種と砂糖の原料になる根菜の試験栽培を依頼したが、ここにペクチンが普通よりも多く含まれるイチゴも追加しようと思っている。この世界でペクチン生成に辿り着くのは時間が掛かりそうだが、そういう都合の良い作物を作ってしまえばいいのだ。栽培されたイチゴをコンポートやジャムにして二次利用しようと考えたのだった。




